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レコードが擦り切れるまで聴いてコピー。寝る時もギターを抱えていた
「藤丸さんは、ソロはもちろんだけど、バッキングを弾かせたら日本一のギタリストだと思ってます」。これは長年活動を共にした西城秀樹の言葉だ。SHŌGUNだけでなく、数々のワークでロック界と歌謡界を繋げてきたギタリスト、本日4/21 誕生日男!! 芳野藤丸の人生に迫る。
取材・文: 内本順一 ※本誌記事からの改訂版掲載の形でお送りします。
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■芳野藤丸さん、かっこよすぎるぜ!!
“ロック御三家” をはじめとするロック系アーティストがテレビの歌番組に出演して脚光を浴びるようになり、一方では “ザ·芸能界” にいながらロック的なアプローチをし始めるアイドルが現れ始めた1970年代半ば。そんな時代に歌謡界とロック界を結ぶ重要な役割を果たしていたギタリストが、芳野藤丸だ。
芳野はギタリスト、ボーカリスト、作・編曲家、プロデューサーとして多岐にわたる分野で功績を残している。ジョー山中や桑名正博、そして絶頂期の西城秀樹をギターで支える傍ら、スタジオミュージシャンとして1万を超えるレコーディングに参加。また、アイドルからニューミュージック系アーティストまで数えきれないほどの楽曲を提供し、ギター&ボーカルを担当したSHŌGUNで大ヒット曲を放つ。80年代以降も楽曲提供やプロデュースを続け、築いたキャリアは48年。芳野は今も「アルバムも作り続けたいし、気の合う仲間とライブもまだまだ続けたい」と話す。
(次ページへ続く → じゃんけんで負けて始めたギター [2/5] )