17年前の今日のことだ。17歳の頃よりもつれるように生きた相棒が首を吊った。僕はもう30年近く毎週月曜に浅草で流しをしていて、この日はそうだったから傷心のまま店で歌った。夕方に職場で知り、呆然となりながらも仕事とその後の流しをこなした。夜も更けて僕の様子に気がついたマスターに「どうしたの、今日は?」と声をかけられ、それまで黙っていたことを話した瞬間から涙が流れ、急遽オフにした翌日はそのまま一日中泣いて過ごした。と、今日はそんな記念日である。
50年以上生きているのだから、みなさんもいくつもの死に出くわしたことだろう。「男は人生で3回だけ泣いていい。おぎゃっと生まれた時と父母が死んだ時だ」と、親父の口癖で育った僕だがまったくその教育は役立っておらず、こんな泣き虫が世の中にいるのかというほどひどい。もちろん親父の死には、痩せるんじゃないかというほどの涙を流した。63歳で突然だったから、弟と呑みながらじゃんじゃん泣いた。が、変な言い方であるが、命尽きる順番はあって乗り越えるべき悲しみなのだ。もしも、逆で親父やお袋が僕の死に向き合ったらその悲しみやいかなるものか。そんな悲しみと対峙なさった方もきっとこのつぶやき読者の中にはいるだろうから、察すると胸が痛すぎるし生涯乗り越えられない死だろう。僕の親父は幸いにもそんなひどい悲しみに直面せずに済んだし、お袋もそんなことにならないように僕はがんばるつもりだ。が、うちのお袋はおそらく最近よく聞く言葉の、人生100年時代をまっとうするだろうほど元気だ。もしも僕が親父と同じしか生きられなかったら、お袋にそんな思いをさせることになっちまう。それどころか、僕が70歳を迎えても彼女は100歳に達しておらず、きっとピンピンしているはずだ。うーむ、やや困難である気がしなくもないが、親の前に死んでしまうことはあってはならないことだからがんばらなければ。
親との逆転死ともうひとつ、自殺は残酷極まりない。これをやられちまったら、同じく生涯消せない悲しみを背負いこむことになる。ましてや僕にとっては、最も多感な頃にコンビを組み、夢に向かって10年に渡って人生を燃やした相棒なのだ。ロックにおいてギターとヴォーカルってのは奇跡を起こす原動力になると、常々二人で信じて生きていた。そんなかけがえのないヤツが自ら命を絶ったのは本当に悔しく、今もまったく消化できずにいる。逝ったのは解散から10年と少し経た頃のことだった。
そんな僕だから、このつぶやきから同世代諸氏に度々自殺はあってはならぬと呼びかけている。この悲しみを背負っているから強く言えるのだ。50歳を過ぎれば人生なんてつらいことの方が断然多く、死にたいと思うことやその選択を真剣に考えたことがある方だって少なくないはずだ。ヤツへの恨みを込めて、今死を選ぼうとしている方々へメッセージさせていただく。自殺という選択は絶対にあってはならない。