年に一度だけスポーツマンになる日が迫ってきている。茨城県のひたちなか市で開催される『勝田全国マラソン』という、今年60回を迎える由緒正しき大会である。一緒に走ろうと、去年本誌で募ったところ、たった1人であったがエントリーしてくれた。残念ながら会場では会えなかったが、パンフレットにはしっかりと所属チーム『昭和40年男』と印字された選手が僕以外に1人いたのは、なんともいいものだった。今年も募ろうと、9月発売号の〆切次点ではまだ参加受付が始まっていなかったので、次号で詳しくとさりげなく告知した。〆切直前の夕べ、さて募集告知の記事を作ろうかなとエントリー用のサイトをのぞいたら、今年から応募〆切が早くなって11月18日までとなっているじゃないの。記憶では12月の、少なくとも中旬までは余裕だったはずだ。震災の影響か? それとも増え続ける参加者対策なのか? ギリギリになってしまったものの本誌でも告知はするが、一足早くここでお知らせしておきたいと、焦りなすがら綴っている。申し込みはこちらからどうぞ。
そんな距離は絶対に無理だと思うでしょうが、想像しているほどキツくない。もちろんあの距離は決して甘いものではないが、普段は走らない僕でも何とかなるのだ。年に1度この大会を走り続けていることの経験は大きいものの、たとえば今日、一念発起して対策すれば完走はまったく夢でない。ゴール設定時間は6時間の大会で、計算すると時速7㎞ちょっとで行けば完走である。成人男性のややゆっくり歩くペースが時速4㎞、やや早足で5㎞なので、走るといってもかなりゆったりペースであることは理解いただけるだろう。どうもみなさん、中学時代のマラソン大会のイメージや、箱根駅伝で倒れ込む選手たちのイメージを持っているのではないだろうか。ゼエゼエハアハアってね。そんなペースで、素人があの距離は絶対に走れない。心肺機能を活用して攻め込むというものでなく、足腰が持ってくれるかどうかの世界だと考えてくれればいい。だから僕の最大の練習は、家まで歩いて帰ることを12月くらいから始めることなのだ。3時間台で走る弟の言葉を借りると「兄貴みたいなヤツは、足に距離を入れてやればいいんだよ」とのことだ。遅くまで仕事してぐったり疲れていても、歩くのとは疲労の場所というか種類というか、まったく異なるからヘッチャラで、むしろ仕事の疲れは癒せる。ポイントは汗がにじむくらいのペースで行くことだ。多分僕は時速6キロくらいの早歩きをしていると思う。翌日の気分もすこぶるいいから、マラソンに関係なくやってみることをおススメする。途中で赤提灯の誘惑に負けてもいいのだ。しこたま呑んだら、酔いざましにまた歩けばいいのだから。
これが僕のメインの練習で、まさしく足に距離を入れてやる。もちろん走れる時間があれば走った方がいい練習になるが、敵はとにかく距離である。30分くらい走ってゼイゼイしてやった気分になるより、2時間歩いた方がフルマラソンには有効な練習になると思う。そのうえ気分がいいのだから一石二鳥である。誌面の連載企画の東海道徒歩の旅でも感じていることで、二日酔いしなくなって飯がウマい。徒歩がいかに体にいいかを実感しながら旅を続けている。サプリなんかで武装するよりよっぽどいいのだ。
もしも、マラソンを知らない人生だったら僕はどうなっていただろうかと考えることがある。もともと暴飲暴食人種である僕だから、相当な体重になっていて、それでなくとも健康診断では色々と問題が出ているのだから、もしかしたらこの世にいないかもしれない。だが、年に一度の苦行があるから、太らないようにとの気持ちが絶えずベースにあるのだ。これはあまり練習しないで走るということによるもので、エンジン性能である心肺機能は非力この上ない。50ccスクーター並みだとして、車体がリッターバイクだったら、それはダメなバイクになる。練習でエンジン排気量を上げられればいいがそれは時間的かつ根性も無理なんで、だったらせめて車体を軽く保とうと意識が働くのだ。そもそもなんでそこまでしてやるのかとなるが、あの達成感は自分を前に進める原動力になるからだ。年に一度感じることで、ものすごいパワーに変換されて蓄積され、新しいことを立ち上げたり、もう一歩前へいく源泉になる。体と仕事と両面で支えてくれている世界だから、やめられない。
もしあなたが42.195㎞を完走できたら、心の中に大きな勲章がかけられるはずだ。46年間生きてきて、平均でいえば人生の折り返し地点を過ぎた僕たちだ。ちょっと無理してでも勲章を取りにいかないか? どうだい、のらないか〜、よおこそ〜(byキヨシロー)な気分で待っている。