マグロのトロが魚の最高峰だと好んでいた時代はいずこ? トロなんより赤身の方が断然うまく感じるようになって久しい。最近見つけた、会社の近所にある昭和な寿司屋のこの丼にはまっている。ランチで供される鉄火丼だ。この真っ赤っかなまさしく赤身が、毎度僕のハートを粉々にするぜ。しゃりに対してちょっとマグロの量が少なくてバランスを取るのに難儀するが、それでも通うだけの価値がある。同じくランチで供されるにぎりやちらしなんて目もくれず、迷いなくこいつを食う。
江戸時代の夜は屋台がひしめき合っていたそうで、宵っ張りの江戸っ子たちはグルメを楽しんでいた。そばに天ぷら、うなぎなんかと並び、屋台で人気を誇ったのが江戸文化では新進の類の握り寿司だ。昔はトロなんて食わなかったとはよく聞く話で、赤身に比べると足が早いトロは火を通したり捨てられていた。が、戦後の冷蔵技術の発達によって若者を中心に支持され始めた。そりゃあそうだ、脂はいつだって若者の支持を受ける。瞬く間にその価値も逆転して今に至る。僕も初めて1人で寿司屋の暖簾をくぐった日に、若いんだから食いなと大トロを出してもらった時の感動は今も忘れない。余談ながら、この職人さんとはその後20年を超える長いおつきあいをしたが、上海で寿司屋の店長を任されたと言って旅立ってから消息がつかめなくなってしまった。携帯も繋がらないし、心配でならない。
いつからだろうか、赤身の深さに気づきはじめた。ほどよく寝かされた本マグロや南マグロの赤身は、なんとも言えない香りに、ほのかな酸味や渋味みたいなのが同居する。もちろん基本は甘い。一流店に行けばいつでも食えるだろうが、そんな処で食ったら目玉が飛び出てしまうから、僕は安価に食える職人をいつも探し求めては手帳にストックしていく。今回もそんないい店に出会えた。
大好きなマグロなんだが、養殖は脂が強くておっさんにはちょっとしんどい。大手のチェーン展開のところや回転なんかでも、自慢気に本マグロと書いてあってマグロ祭りとかやっちゃっているのをよく見かける。これ、天然と書いていないところはほぼ養殖だと睨んでいいだろう。泳ぎまくるのがマグロの生き様なのに、狭い囲いの中でぶくぶく太らせるのだから当然ながら脂のノリは満点だ。天然に比べたら安価でもあり若者にはサイコーだろう。「とろける〜」とかよく聞くが、脂の塊なんだからあたり前田のクラッカーだ。でもいつか、僕にはしんどい養殖しか食えない日が来るかもしれない。数の激減で天然の本マグロは銀座でしか食えない食材になってしまうのだ。そうなる前に、今日もここでランチだな。行ってきまーす!!