昭和40年に生まれた、いわば “タメ年” の商品やサービスを思い出と共に紹介する連載記事。
今回は、“象が踏んでも壊れない” のCMがインパクト大だった「アーム筆入」。実際に踏んだり投げたりしてみた昭和40年男も多いはずだ。
自分で踏んで投げて壊れないことを確認
象が踏んでも壊れない? 本当かよ? そんなわけないだろう!
実際の象が登場して筆入れを踏みつけるCMが印象的だった「アーム筆入」は、そんな疑念を、小学生だった筆者に湧き上がらせた。その頃のテレビは、今に比べはるかに小さな画面でハイビジョンでもないし、ビデオで一時停止をして確認なんていう術もなかったから、象が踏んだ筆入れが本当に壊れていないのかに疑いを持った。
となれば、自らの足で踏みしめ、確かめたい。象ほどの体重はないわけだから、力づくでということになり、休み時間、教室でガンガンと踏み、それでも壊れなければ下校の時にアスファルトの上に置いて石を落としてみたり…。ついにはブロック塀に投げつけたりもした。でもやっぱり壊れず、これなら象が踏んでも壊れないだろうなと納得したものだ。
この『アーム筆入』は、頑丈で安全なものを作ろうというのが当初からの狙いだった。「アーム筆入」登場前の昭和30年代後半、子供たちが持っていた筆入れは、セルロイドやプラスチック製品が主だった。セルロイド製は落としても割れにくい反面、わずかな火種でも引火する危険があった。確かに私が通っていた幼稚園や小学校で使っていた暖房は、石炭燃料のコークスを使うものだった。その上に、弁当箱を置いて温めた記憶もあったりするが、そんな状況を考えると、引火する可能性があったら安全上大きな問題だ。一方プラスチック製は、燃えにくかったが、割れやすい欠点があった。
投石にビクともしなかった信号機が開発のヒント
安全で丈夫な筆入れが求められていたなかで、メーカーも開発にしのぎを削っていた。そんなある日、「アーム筆入」の開発者はテレビのニュース映像にくぎ付けになる。公道で無茶な運転をするカミナリ族が、信号機に石を投げつけていたのだ。普通なら、乱暴な行為に眉をひそめるぐらいだが、さすがは筆入れの開発者。目をつけたのは、石を投げつけられても割れなかった信号機の方だった。筆入れの素材になるのではないかと思いついたのだ。そこで、地元警察に問い合わせてみると、信号機のランプの素材がポリカーボネイトであることを教えてくれた。今では、CDやDVDの素材としても使われているが、当時産業界全体で見てもあまり普及していなかった素材。それだけに新たな挑戦となった。
信号機に使われるほどの強度なので、丁寧になど使用してくれない子供たちの筆入れとしてはピッタリだった。しかも、子供が使う筆入れは、親に怒られたり、算数の問題が解けなかったりして、妙に腹が立った時イライラをぶつける対象としても、大きさがちょうどよかった。そのため筆入れは、私のさまざまな感情を受け止める役目も担い、その度に投げられ蹴られ叩かれ、筆入れは傷ついていた…。
ただ、壊したからといってすぐに買ってもらえるようなものでもなかったし、今のように百円ショップですぐに買い替えることもできなかったから、少しぐらいヒビが入ろうとも、セロハンテープを貼って使い続けなければならなかった。男子とはいえ、それも格好悪いので、丈夫な筆入れは子供たちにとってもありがたい存在だった。
やがて開発者の見事な発想で、頑丈な筆入れが誕生することになるが、そこへ至るまでにはすんなりとはいかない面もあった。壊れないのなら買い替え需要がなくなってしまうのではないか、という心配が大きくなり、社内には反対の声もあったという。それでも開発者は、社長に商品の安全性やよさを直談判して商品化にこぎつけた。その開発者は、後にサンスター文具の社長にも就くことになるが、子供の頃から機械や工作が好きだったという。子供目線で作ったことが、今に続く大ヒットにつながったのだろう。
ただ、有名商品になったがゆえに、販売後も、色々と苦労が大きかった。象が踏むCMを疑ってかかるのが、子供だけならよかったのだが、なんと国会議員のなかにも「誇大広告では?」とクレームをつけてくる人がいたという。そこで開発者自ら、金槌と「アーム筆入」を持ってその議員のところへ出向き、議員に実際に叩いてもらった。目の前で壊れないことを確認した議員は、その後、お詫びのつもりだったのか、大量に購入してくれたのだとか。
同じ時間を過ごした “仲間” だった文房具
あの頃の筆入れや筆箱は、勉強には (いたずら書きにも) 欠かせない鉛筆などの文房具をしっかりと守ってくれる存在だった。しかし最近の文具店に行くと、あるのは “ペンケースコーナー” だ。筆入れや筆箱とペンケースでは、微妙に語感が違う。筆入れや筆箱には、固くて、しっかりとしたイメージがあるのだが、ペンケースはあくまでペンなどをバラバラにしないための入れ物に過ぎない。
ペンケースコーナーには、布やビニールで作られたやわらかい物が増えているようだ。今の子供は、ランドセルやカバンに入れる物が多いのだろうか。その隙間に押し込むのには、確かに便利かもしれない。筆入れや筆箱といったかさばる物は、もう入れる余裕がなくなってきているのかも。
私が小学生時代の文房具は、愉快な時も退屈な時も、同じ時間を過ごしてくれる “仲間” のような存在だった。つまらない授業でも、お気に入りの筆入れや鉛筆、ニオイ付の消しゴムなんてものをいじっていたりすると、気が紛れた。今の子供たちには、仲間のようにいつも寄り添ってくれ、自分の感情もぶつけられ、それをしっかり受け止めてくれる頑丈な物が身近にあるだろうか。それが少し心配になったりもする。
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取材協力: サンスター文具
文: 舘谷 徹
昭和40年7月、埼玉県生まれのライター・脚本家。広報誌やWeb記事、ドラマやアニメの脚本を執筆。プラネタリウムで活動する市民グループにも参加中
【『昭和40年男』2013年 4月号/vol.18 掲載 】
ジョニー藤好さま
筆入れは自分の個性を主張できる文具でしたね。…にしても、象が踏んでも壊れないというあのCM、後のバージョンもやはりインパクトありました。誰もが「ホントかよ!?」って思いましたよね~(昭和37年女)
私が小学校に入学する時は、筆入れはキャラクター入の磁石の鍵でロックできるものとかダイヤルロック付きのものとかが流行りでしたね。私のは磁石の鍵付きの「原始少年リュウ」筆入れでした。中にはアーム筆入れ持ってるやつもいましたね。そいつが強度を証明する・・と、教室の床にアーム筆入れを置いて、机の上からジャンプして飛び乗ったらヒビが入って泣いちゃったことを思い出します。今は筆入れを蔵が踏むのではなく、メガネ型ルーペを女優さんがお尻で踏むのが流行りみたいですね。「怜が分でも壊れない」とか「咲が分でも壊れない」みたいに・・・。もちろん、謙さんには内緒だよ^^