吉野家 vs すき家。

「吉野家の牛丼が新時代に突入したらしい」。東海道徒歩の旅で編集部員の金子が教えてくれた。なんでも肉が増量したらしいと聞いて「こいつはじっとしちゃいられねえ」と心躍ったが、なぜかスッコーンと忘れていた。そして先週の月曜日、運命の日が訪れたのだ。「浅草秘密基地」へと行くのに、ちょっと腹に入れておこうかなといつものように「牛丼大盛り、つゆだくでお願いします」とキメた。頼んでいながら「あーあ、つゆだくってカッコ悪いよな」と、毎度恒例、懺悔の時間 (!?) はほんの短い愛しの牛丼と逢うまでの間であり、目に前に届けられた瞬間に忘れられる。

そこで初めて「あれっ? 肉が多いぞ!」と、思い出した。壁のポスターは、以前本誌にも登場したタメ年である仲村トオルさんがカッコよく宣言しているじゃないの。食べてみてその幸せを大きく感じた。実感できる程、肉の量が多い。「素晴らしいっ」。1回の、しかも1店舗の情報を書くなどということは、フードジャーナリスト (嘘) である私の辞書にはない。その後、赤坂と浜松町で、しかも普段は滅多にオーダーすることのない並盛りまでも試してみた。3戦3勝である。どれも確実に肉の増量を感じる満足感であった。

しかも会計が480円であるのはいつもどおりなのだが、そのとき瞬間的に高いなと感じてしまう自分がいた。自分の感情ながら嫌な感じがした。1食を480円で済ませられたのに、高く感じてしまう世の中に生きているのである。海苔弁230円とか、ちょっと前には同じ牛丼が370円だったりとか、そんな日常が生活感覚デフレーションを起こしているのだ。うーん、こいつはまずいぞ。並盛りの380円でさえその価格を高く感じてしまう生活デフレな僕だ。何がいけないかって、すき屋が悪いっ。だってね、キャンペーンじゃないのに280円なんですもの。というわけで (何が?) 、僕はすき屋に入ったことがありません。そもそも生活圏内になかった上に、広告にキン肉マンを使ったことが決定打となり嫌悪感を持ってしまったのである。そしてこの度、デフレ対抗一人キャンペーンを張ろうと孤軍奮闘を始めたのだ。しかも、去年の暮れに引っ越して最も近い食べ物屋がすき屋という好立地にありながらである。これは “くいしん坊! 万才” な僕にとっては相当なパワーである。悲哀さえ感じるが、こうと決めたら男の道である。僕は自分の中にあるデフレ野郎と戦うために奮闘を続けるのだ〜。

中島みゆきさんの名曲「狼になりたい」で、吉野家呑みのすばらしさを知った高校時代から吉野屋一筋30年であるのだが、ここまできたら一生貫いてやろうとわけのわからん意地を張っている。そもそもすき屋の女子供向け路線はハードボイルドな僕には似合わないのだ。色使いも好みじゃない。ところでね、懐かしい養老牛丼も食べたいねえ。今復活したら意外と受けるんじゃないかな? 昭和40年男にとっての牛丼とは、アルコールと結びついた存在だものね。養老ビールとセットメニューにしたり、〆の小牛丼とか。いいねえ。
 

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