この男を、極めて勝手にオヤジさんだと慕っている僕だ。かつて板場で働いた経験があり、その長のことをオヤジさんと呼んでいた名残かもしれないが、バイクの仕事も多く抱え込んでいる僕にとってはまさしくそんな感覚である。俺たちの長だからオヤジさんだ。仕事だけでなく、男としても大きな影響を受けていて、その部分でもやはりオヤジさんである。バイクメーカーカワサキの開発ライダーであり、レーサーとしても活躍したミスターカワサキと呼ばれた清原明彦さん、通称キヨさんだ。
昭和21年の早生まれだから、学年で言えば僕の20個先輩で、カワサキには昭和36年に入社した。訓練校と言えばよかろうか、教育を受けながらカワサキの社員としてのスキルを身につけていき、後に開発ライダーとしてカワサキのバイクの歴史を変えた名車『Z』を担当する。キヨさんが天才中の天才なのは、マシンの問題点や味付けなどフィーリングを、技術者に対して言葉に変換して伝えられることだ。僕はトークショーなどでよく、バイクを作らせたらバレンティーノ(世界GPライダー)と清原明彦に勝る者はいないと言い切る。実際の現場にいたわけでないのだが、周囲の技術者たちへの度重なる取材からこう言えるに至った。
技術者は大卒のエリートばかりである。国立出が多い中でキヨさんは信頼を得ていくのだ。ここで遺憾なく発揮されたのが才能だけでなく、歯に絹きせぬ物言いである。彼以上にこの言葉が似合う人を今まで見たことがない。今流行り(!?)の忖度なんかまったくなく、的確にマシンの改善点を突き抜く。技術者たちとテストライダーのガチンコ勝負がマシンのレベルを上げていき、名車『Z』を世に生み出したのだ。
豪快な一方、繊細で優しい。僕ごときに様々な気遣いをしてくださる。主催のイベントにお越しいただくことがちょくちょくあり、ざこ寝を強いたり粗末な飯しか用意できないことがある。そんなときにいつも「ぜーんぜん問題ない」とすっ飛ばしてくれる。この「ぜーんぜん問題ない」は大好きで僕も使うが、まだまだ人間が練れてないからすっ飛ばし具合がキヨさんより弱い。
面倒見も良くて、人を紹介してくれたり心配してもらったりばかりの後輩である。ちなみに写真は、全日本ロードレースで一昨年までカワサキのチームグリーンで走っていた渡辺一樹選手の開幕戦2ヒートで4位を獲得したことを喜んでポーズを決めているのだ。一度可愛がったらとことんなのだ。頭の回転がものすごく早くて、この訪問では2時間近く話し込んだが途切れることなく、5時間分くらいの勉強をさせてもらった。伝える力はマシンに限ったことじゃないのだなと感心させられ、20年後にこんな男でありたいと願う。が、才能の違いは残念ながら否めない。努力あるのみだな。