エレベーターで無知炸裂。

52歳にもなってそんなことも知らんのかよと赤っ恥をかくことがしばしばある。情けない話だが、先日もこのエレーベーターで弟から説教されたのだった。ありがたや。

このマークの入ったボタンを押したところ「それダメだよ」と言われ「へっ?」と返事すると説明してくれた。車椅子の方に向けて、これを押すと扉の開いている時間が長くなるとのことだ。今度の返事は「へー!」に変わった。なるほど、降りた後に長く開きっぱなしになる。次の利用者がどこかの階から呼んだ時に大きなタイムラグが生じてしまうので、利用者のつまりにつながるとのこと。以来、これを押すことはご法度にできた。

社会に出た時に「世の中のことを100にたとえて、1でさえ知っている人はいないだろう。だから人同士で補完しあうのだ」と先輩が諭してくれた。この言葉は胸に強く響き大切にしまってある。昨今はスマホのおかげで会話の最中になんでも知ることができるようになった。100のことの大部分を持ち歩いているようなもので、前述の言葉は陳腐になっているともとれるが、いやいや、そんなことねえぜと昭和のおっさんは叫ぶ。たとえ1に満たない知識でも、多く持っている人間には自然と気品が溢れてくる。よどみなく知識が言葉になるのは聞いていて気持ちいいし、コミュニケーションそのものが楽しくなる。知識はつければつけるだけ偉大になれるのだ。

たかがエレベーターのボタン、されどエレベーターのボタンだが、ひとつ知らないことを知れたと思えば素晴らしい出来事になる。物忘れが激しくなっているおっさんにつける薬はないようだが、人とのコミュニケーションからは多くのことを学べるのだ。人生尽きるまで学習と人間関係ですな。

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