「今日の仕事はしんどいことになるな」と、徹夜のまま朝早くに会社に向かった。6時過ぎの電車はガラガラで、ついつい眠ってしまった。会社のある大門の改札をくぐり会社への道でポケットに手をやると携帯がない。カバンにしまったのかなとさほど気にせず会社に着いてカバンを探すもない。どこにもない。電車に乗り込んだ時にメールをチェックしたから、つまり電車の中で落としたのだろう。
まずは携帯をストップさせた。24時間対応でスムースにいきまずは一安心。続けて電車の忘れ物センターを調べてると受付は9時からだとのこと。この日は早くから大切な打ち合わせがあり、それが終わった10時過ぎに電話を入れたら、届いていてもそうでなくても1時間ほどで連絡をくれるとのことだ。この日のスケジュールは極めてタフで、ひとまず会社の電話番号を伝えるもしばらく戻れないから伝言して欲しいと頼むと、気持ちよく対応してくれた都営地下鉄の忘れ物センターだった。
携帯がないことがこんなに大変とは、失くして初めて知った。この日は朝から外仕事が続いたから余計に厳しかった。あの件で連絡が入っているんじゃないか。新規の問い合わせがあるんじゃないか。今宵のお誘いがあるんじゃないか(笑)。などなど妄想までもがパニックを起こさせる、やれやれ。
僕は携帯を持つのが心の底から嫌だった。現代人の中でかなり遅い携帯デビューだったろう。「公衆電話はどこにだってある。会社にいればいくらでも連絡はつくじゃねえか」との主張で、さらに追い回されるような人生はまっぴらごめんだと言い続けた。が、やがて社会は携帯がないと成立しなくなり、いつでも連絡がつかないことは致命的な仕事環境へと変わった。会社の会議でそれを強く指摘されやむなく持ち始めたバカ者だ。
外仕事を終え会社に戻ると忘れ物センターよりリターンコールするようにとの伝言があった。祈るような気持ちで電話をかけると見つかったとのことだ。かつてあんなに嫌いだった携帯だが、取り戻した瞬間は愛おしい気持ちにまでなったのだから我ながら笑えた。回線復活を申し入れるために公衆電話を探した。最近めっきり少なくなった電話ボックスは郷愁を誘い悪くない気分だったと同時に、このご時世に携帯を持っていないヤツだと思われているのだろうなと妙な照れも味わう。復活手続きが済みチェックすると大した連絡が入っていなかったことにホッとすると同時に、これまでのパニックが情けなくなった。朝から夕方までのたった半日ながら、たかが携帯ごときにこれほど支配されていることが腹立たしく、やっぱり嫌いだーと叫ぶような気持ちである。それにしても見つかってよかったなあ。幸運だと思うようにしよう。