真夜中の浅草をぶらぶらしていたらこの看板に出くわした。
「あっ、そうだ」と思い出したのは、脱霜降り肉宣言をしたニュースを1月に見たことだ。浅草の地で商売を続ける老舗すき焼店ちんやの、肉のうまさは脂肪でなく赤身であるという主張である。
ここの6代目の主人はタメ年で『浅草秘密基地』に去年来ていただいた。そこで意気投合して「今度店に行きます」と言ったものの、値段を見て特別な日にしようと思った次第である。幸い、いやいや残念なことにその特別な日が来ないまま今日に至っている。
食べていない失礼はさておき、僕は主人の考え方に賛同する。例えばマグロなんかは赤身が好きだ。脂が乗ったトロよりもどっしりした赤身のうまさを好む。近年は、寿司ネタの人気ナンバー1はサーモンらしいが、僕が好んで行く店は「サーモンなんてのは江戸前にいねえ」と寿司ネタだと思っていない。マグロにしたって脂のたっぷりのった養殖には手を出さない親父さんたちである。でも、養殖マグロのトロやサーモンが好まれるのも理解はできる。僕だって若かりし日はトロが至福だったし、ハマチのようなギトギトの魚も大好物だった。少しずつ違いのわかる男になったのさ。
ちんやの主人のチャレンジも、若かりし日だったら理解できなかったかもしれない。浅草の6代目というに相応しい温厚な方だと感じたのに、商売では主張の強い方のようだ。この決意のことをすっかり忘れていたのは失礼きわまりないが、こうしてネタにもさせてもらったのだからなるべく早くに“特別な日”を演出せねばならぬな。