もうかれこれ15年以上世話になっている、ちょうどひとまわり上の巳年の料理人がいる。僕は尊敬する年上の板前さんを親父さんと呼んでいて、その1人として君臨する彼の料理を久しぶりに堪能してきた。
赤坂で割烹料理店を長く営んでいた。もともとはハタラキだったが、やがて板長どころか経営まで任されて腕をふるった。赤坂で割烹なんて言ったらとても手の届く世界でないように感じるが、なぜか僕は吸い寄せられるように入った。まっ、後輩と呑んでいて気が大きくなったおかげで暖簾をくぐれたのだ。以来、すっかり虜になり通い続けることができたのは、フグや鰻をオーダーしなければ敷居が低かったからだ。
僕が『昭和 40年男』の編集長時代には撮影やインタビューで何度か使わせてもらった。『呑んべえ万歳』なんて特集では、僕とシンガーソングライターの林田健司さんがベロベロになりながら対談するページの舞台にした。うちの会社が発行するバイク雑誌のグルメ企画では講師を務めて頂いたりと、世話になりっぱなしの親父さんであり店だった。
59歳でこの店をたたんだ。涙で見送った日に「必ずまた店をやります」と約束してくれ、しばらくは雇われの板前としてチャンスをうかがっていた。そして一昨年の春、ついに約束を果たしてくれた。義兄弟夫婦が新宿の地で長年営んできたそば屋の『くろ田』と、赤坂の名店『五番館』のダブルネームでそのまんま『五番館 くろ田』として改装・開店したのだ。うまいそばと赤坂の食通たちを唸らせてきた割烹料理の両方が楽しめるとあっちゃ、おっさんにはたまらない。しかも価格がそば屋だからますますたまらない。
僕が宇宙一と呼び必ずオーダーする茶碗蒸しは、親父さんの人柄が出た丁寧な一品だ。和食チェーン店なんかでセットについてくるものとは同じ食い物とは思えない、まろやかさと旨味が濃〜い出汁である。この日同席した友人も「宇宙一」とう頷いていた。今日は店名を紹介しているのですぐ見つかるだろうから、興味のある方はどうぞ訪ねてくれ。料理もさることながら、親父さん(のぶさん)の美しい瞳もここのご馳走ですぞ(笑)。ぜひっ。