馴染みの店を持つ幸せと不安。

ネギマ「これ持っていきな」と馴染みの呑み屋でいただいたのは絶品のマグロで、火を入れろと指示された。つまり、日が経ってしまい生で出せないから店では商品価値がなくなった物だ。これまでも何度かこうして土産をいただいているのは常連の特権である。スーパーで買うのとはちょっと違う本マグロは火を通してもやわらかく、焼酎がうまいうまい。

男料理だ。鰹節はマグロとケンカするから昆布だけでだしを取り、酒と醤油にみりんを少々。ネギとしいたけをぶち込んで煮立ったところでこうしてマグロを投入する。ミディアムレアで引き上げれば最高のつまみである。ガキの頃、親父が愛したメニューでマグロの刺し身をあえて残し、翌日の晩にコイツをうまそうに食っていた。こうして擦り込まれた味ってのは受け継がれるものですな。でも、あの日親父が食っていたマグロよりずいぶんと上物だぜと胸を張りながら、なんとも幸せな男料理に舌鼓を打ちまくった。

いい店との付き合いはいろんな恩恵に恵まれる。土産もさることながら、もっと大きいのはたくさんの人間をウォッチしてきた親父の話だ。『浅草秘密基地』の舞台となっているショットバー『FIGARO』のマスターからもおおいに学ばせてもらっている。酔った人間としらふで会話するのだからそのご苦労はさぞ大変なことだろう。そのご苦労の分だけ豊かで鋭い人間力データが蓄積されている。いい店の親父やマスターはこれをやんわりと教えてくれるのだ。誰がどうこうなんて話じゃ決してなく、こんなカッコいい方がいたとかこんな立ち居振る舞いはよくないなんて説教をしていただけるのがいい。大きな大きな恩恵であり、財産である。

僕が好んで付き合う店の親父やマスターはそろって高齢である。どうやら僕にとって好きな店というのは主が年上でなくてはならないようだ。ということは、51歳の僕にとって、これから馴染みの店を開拓するのがドンドン難しくなっていく。しかも僕が愛する店には引退をほのめかし始めたところがいくつかある。近い将来、僕は馴染みの店がない孤独なおっさんになるのか? うまいネギマ鍋を食いながら、つまらぬ心配をする和40年男である。

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