おいおい、この写真にこのタイトルで大丈夫かとお思いの貴殿はまともです(笑)。まあ、聞いてやってくださいな。
今朝出社のときにふと目に飛び込んできたのは、置き去りにされたような看板だ。思わず「祭りは終ったぞ。早く撤収してくれ」とつぶやいた。祭りというのは失礼ながら、なんとも騒がしい都知事選だった。道府県の皆様方にお家騒動を見せ続けてきた気分で、一都民としてお恥ずかしい限りだ。やっと終ったのだが、情報バラエティはまだまだ騒ぎを続けたいようである。
僕は前回の都知事選でこともあろうに無効票を投じた。どうしても有効な1票を作り出せなかったのだ。あの状況では無効票こそが有効だと考えた大バカものである。今回も難しい1票になったが、前回の僕の軽卒な行動によって今回のような騒ぎを起こしてしまった…、ってそんなわけないがともかく今回はキチンと名前を書いた。三色ふりかけでいつも残るごま塩が、三色すべてのスペースを埋めているような気分だった。のりたまとたらこが無い寂しさったらない。さらに投票日が仕事だったから、期日前に行かねばならず気分もイマイチ盛り上がらなかった。
去年の今頃よりある団体に関わるようになった。これがまさしく情報バラエティを見ているように、人々の思惑が交錯して本質とは違うところで物事が決まっていくことが実に多い。協会の最前線で奮闘する連中、つまり東京で言えば都民にあたる立場の者たちの意見と、協会の中で細分化された各委員会の考えには高い高い壁と深い深い溝があり、1つ歩み寄るのにものすごく大きなエネルギーがいる。この仕事を引き受けたときは「やったるぜ〜」だったが、約1年経っても大きな成果が出せておらず、歯痒さと苛立ばかりだ。たかだか小さな団体でこれなんだから、都となればさぞ大変だろうことは痛いほどわかる。
1人ひとりは情熱があり、いい方向へと走ることを目指している。が、人が集うと力を生む反面軋轢も生まれ、立場の集合体ができあがり、引っ張るための力が必要になっていく。誰もが愚かだと知りながらしばしばそこへと向かってしまう。仕方ないことかもしれないが、せめてマスコミはそこを正す仕事を目指していきたい。まるで助長するような報道ばかり見せられている今日には辟易とするばかりだ。