広告業界にしがみつくように就職したのは、タメ年諸氏の大学卒業時より数年遅れてのことだった。遅れた分を取り戻そうと奮闘努力をするものの、思い出しても恥ずかしくなるほどの失敗をたくさんした。不器用で、ドジでのろまな亀とは堀ちえみさんでなく僕のことだ。上司たちの愛のこもった叱責と優しさでなんとか少しずつ仕事を覚えていった。
この業界は近い業種の連中と仕事をすることが多い。タメ年だったり、ちょい年下だったりの仕事ができるヤツがウヨウヨいた。遅れた分だけ就職コンプレックスが強かったから、年下にズタズタにさせられることが日常茶飯事だった。この連中がカタカナ業界用語をバシバシ使う。酔うと拍車がかかり、打ち上げの席なんかでは業界最下点の僕はへらへら笑いながらわからん言葉をメモして後に意味を調べた。ネットの時代でなかったから大変だ。
チープなカタカナ語は多い。もちろんすべてでなく、マーケティングなんて言葉は日本語にするとカチッといかない。先輩は「市場にingを付けて考えろ」と教えてくださった。と、そんなすばらしい用語もあることはあるが、ごまかすような言葉が多いように思えてほとんど封印している。
なんでこんなことを思い出したかといえば、桑田さんの問題作『ヨシ子さん』を論じたNHKの『SONGS』で印象的なシーンがあったからだ。この番組では4人の著名人が迷曲(!?)『ヨシ子さん』について1人ずつ論じる。そこから引き出されたキーワードを桑田さんが1人で答えるかっこうになっていた。昔々『いかすバンド天国』でキレキレの審査をなさっていた萩原健太さんが、グルーブというキーワードを引き出した。『ヨシ子さん』は、日本語の響きとか意味を解体してロック的にグルーブさせたのだと。さて場面展開して桑田さん。やや怪訝そうな顔で、ここ数年誰しもがねグルーブと言う。グルーブないよとか、感じないよとか。「グルーブねえ」と間を置いて、こともあろうに小学6年生の頃のファーストキッスの話を持ち出した。そのときが男女3人ずつの“グループ交際”だったとの落ちで、このチープな言葉を「グループ」と一蹴した。ああーっ、カッコいいな。
カタカナ語を使うことを極力遠ざけているところ、桑田さんという偉大なる先輩のこうした受け答えは染み渡った。さすがだな。痛快に学んだ昭和40年男だ。