東海道、徒歩の旅で味わった極上とろろ汁。

前々号から連載している“東海道キン・キタ徒歩の旅”のロケに出かけてきた。
そこからちょっとしたこぼれ話をお届けする。編集の金子から「400年以上続い
ているとろろ汁の店があるから行こう」と楽しみにしていたのが丁字屋さんだ。

とろろ汁というと想い出がある。昭和の風景を思い浮かべて欲しい。狭い長屋
の六畳の居間で、一家総出で作るメニューだった。大きなすり鉢はこの日のた
めにこの大きさなんだと解釈していたほど、とろろ汁の日は大活躍だった。土
曜の朝食の時点で「今日はとろろやるからね」と告げられると僕は弟とともに
喜んだものだ。我が家には土曜昼メニューというのがあって、カレーやメンコロ
(近所の肉屋で買ってくる揚げたてのメンチカツとコロッケをこう呼んだ)など、い
くつか存在したが、カレーはたまにイレギュラーを起こすのに対して、とろろ汁は
たぶん我が家の長いようで短い家族団欒史の中で、たった一度も例外とならな
かったメニューだと思う。

土曜日に空きっ腹で家に帰ると、かつおのいい香りで臨戦態勢はでき上がって
いる。早速僕らはとろろをすり鉢で滑らかにしていく。交代しながらこれでもかと
滑らかにしていき、少しずつだし汁を加えていきすり鉢で泡立てるように合わせ
る。時間にしてどのくらいだろうか、少なくとも30分以上はかかると思う。親父が
「よし」というまで続く作業が終わるころには、もう腹は極限に空いている。その
すり鉢をお膳の中央に置き、炊きたての麦ご飯を茶碗に半分ほどよそってもらい、
かけてはかっ込みおかわりを繰り返す。お袋は食っている暇がないほどだが、
茶碗には少量のご飯で盛りつけてくれ、何回でもおかわりしろとうながすのだった。

長い前置きになったが、とろろ汁はそんな想い出の一品であり、大好物でもある。
しかも400年以上続き、あの弥次喜多も食したという丁子屋さんである。期待で
胸をいっぱいにしてのれんをくぐった。「いらっしゃいませ」。レジカウンターにいた
感じのいい女性から「歩きですか?」と聞かれた。おお、さすがに400年以上も旅人
を迎え入れてきただけある。「足を伸ばせる奥にご案内します」と、広々とした座敷
に通され、待つこと数分で出てきたぞ。「うまいっ」。麦ご飯はお代わり自由だから、
お腹は十分に満たせると思う。体に栄養が染みこんでいくような感じだ。小鉢には
山菜と黒豆、うれしい竹の子まで入っていて、味噌汁もうまい。大満足で店を出よ
うとすると「気をつけて行ってらっしゃい」と、もうしみるっす。

今回はツイッターでこのこともつぶやいた。するとビックリしたことに、翌日お店の
方からお礼のツイートをいただいた。うーん、400年続く歴史に甘んじるのではなく、
こういうところに長く商売を続けていくための努力があるのだね。お腹を満たして
もらっただけでなく、その精神までをも学ばせてもらったのであった。

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