夕べは遅くに1人で、この2枚をしみじみ聴いた。本当にすごいアーティストだったと再確認しながら、悲しみばかりが大きくふくらんだ。
僕はロックミュージシャンをアーティストと呼ぶのが嫌いだ。あくまで個人的な話で恐縮だが、ロックってのはアートなんて崇高なもんじゃないと思うことで、僕はロックそのものを信じ、近づいていける気がする。アートでないのだから至極単純にアーティストでなく、ロッカーでありミュージシャンである。が、ヘンドリックスと並びボウイだけはアーティストと呼んでしまう。この身勝手な感覚を説明すると3日間くらいかかりそうだから、ひと言で片付けると両者とも“あまりにも神秘的”だからだ。
ヘンドリックスは完全に後追いで、夢中になったときはもうこの世にいなかった。その分、ボウイの方が存在が近い。しかも、リアルタイムでその変化も見続けられた俺たちだ。音楽通でないタメ年諸氏も『レッツ・ダンス』は耳にしただろう。夢中になったとかアルバムを聴き込んだというレベルでなくとも、同世代で『レッツ・ダンス』を聴いたことがないという者はおるまい。僕はそれ以前の作品から何枚か聴いていたが、このアルバムでの変身ぶりにはノックアウトされた。さらに『戦場のメリークリスマス』でのカッコよさにもふれ、どちらも高校3年生のときだった。アルバム『レッツ・ダンス』のA面ド頭に収録されている『モダン・ラブ』をカバーして、その詞を深く解釈しようともがき苦しんだ日々が思い出される。同じクラスの仲間と解釈を巡って激論を交わした記憶も懐かしい。と、彼の作品群や存在は僕の中に強く入り込んでいる。
最新号に新譜の紹介記事が出ている。リリースは8日で、翌日に『昭和40年男』が発売された。そしてまさかその直後に訃報とは…。いつものように山野楽器に、近々買いにいこうと思っていたところだった。まだ手に入れていないから夕べはこの2枚をセレクトしたわけだ。10年ぶりの復活作となった『ザ・ネクスト・デイ』のタイトルチューンサビでのボウイの叫びに、リリース時は歓喜させられたのが、昨日はあまりにもつらく響いた。
常に変化と革新を続けてきてさぞお疲れでしょう。ゆっくりとお休みください。
でっかいブラックスターをぶち上げて、彼はついにスターダストとなった。
文句なしにカッコイイ人でした。
献杯!
献杯。
USよりUKが好きな方なので
マイケルの時はそうでもなかったけど今回は……
今日は街のいろんな所でデビットボウイが聞こえる。
割りとマニアックなfameまで(後にduran duranや宮沢りえがカバー)
今夜はどっかのタイミングでMODERN LOVEかけよ
コメントありがとうございます。
夕べは1973年のジギースターダストツアーの最終公演DVDを観ました。やっぱりスゴいっす。