歌詞が全く頭に入っていかない。僕の脳はもうダメなのかもしれないと落胆しつつ、
4月3日のイベントに備える日々だ。それと隔月発行を決めたというのに進行がすこぶる
悪い。僕によるところだが、この状況下でのバイクと出版関連の情報収集に潰されそう
なのである。…などと、ちょっと言いわけなんざしてみる見苦しい男である。
不定期連載でお送りしている僕が歩んできた居酒屋道である。居酒屋でバイトを始めて、
またまた大人の階段を登った僕だった。一緒に働く人たちのすべてが年上であるのだ。
仲良くなった人にそっとセブンティーンだと明かし、みなさんのカワイイマスコットボーイに
なった。大学生や夢に走りながらバイトに精を出す大人たちにとって、高校生は格好の
オモチャでもあったのだ。そしてやがて店長にバレたが、そのときにはもう仕事ができる
ヤツになっていたからクビにならず、まあ知らなかったことにしようということなり、18歳に
なったら履歴書をもう一度出せという裁きですんだ。おおらかな時代である。
バイト仲間で呑み会が開かれると、渋谷に繰り出して朝まで騒いだり、店長に連れられて
寿司屋ののれんなんかもくぐった。スナックに行って歌ったりもした。カワイイセブンティーン
が大人たちに必死に付いていった。やがて18歳になり、僕はまたひとつ大人の階段を登ろう
と企てた。“1人で呑む”というヤツである。おーっ、これぞ高倉健さんワールドの真骨頂だな。
1人呑みデビューを飾るのは中途半端な店では嫌だ。そこで白羽の矢を立てたのが、上野
の裏通りにひっそりとたたずむ居酒屋「五右衛門」であった。当時はまだ少なかった深夜
営業店のひとつであり、バイト帰りに見つけてなんどか入ろうとしたが躊躇していた。渋い
店構えに縄のれんがかかっていて、見るからに店の規模は小さい。そしてある日、とうとう
思い切ってのれんをくぐったのだ。「いらっしゃい」。店内には3人の男が働いていて、清潔
でシンプルな内装。焼き鳥が250円で2本で、ビールが中瓶で400円という設定は決して
安くはないが、大箱でないわりには低めである。なにより、大人の世界が満喫できてこの
価格なら修行と考えればいいと、ひたすらダンディズムを求めた。というより背伸びが
したかったのだろうな。
カウンターの端に陣取り、ビールと焼き鳥を頼んだ。なんとも試されているような気分に
なったが、ビールを呑み続けた。「お兄さん、強いなあ」と声をかけてくれたのが小太りの
通称なべさんだった。1人の居酒屋で店員さんと言葉を交わした。もう完璧なる大人に
なった気分だ。僕はここの常連になり、結果的には上野の居酒屋をクビになるまで常に
この店に世話になった。つまみが丁寧であり、居心地が抜群にいい。そしてこの店の
深夜にはさまざまな常連が訪れ、やがては僕もその中の1人になったのである。
続く。