今日まで夏休みだったというタメ年男のみなさん、のんびりできましたか? 張り切りすぎてグッタリの方もいることでしょう。今夜は悲しくなるからサザエさんは見ない方がいいですよ。夏休みを満喫した方も、休みなんかまったく無縁だった男たちも、明日の月曜日を元気に迎えたいものだ。
それにしても今年の夏も異常な暑さだ。先日の『浅草秘密基地』で話題になったのが、小学生の頃は夏休みにプールが解放され、気温が28度以上じゃないと入れないという決まりがあって、入れない日がわりと多かったということ。思い出しました? 先日の集いではおおむね同じようなルールがあったと盛り上がったのだが、今年の東京でその対象となった日はないだろう。この40年で大きく変わったことをこんな想い出からも感じることが出来る。夏の午後に涼しさを運んでくる夕立という美しい言葉は、ゲリラ雷雨なんて恐ろしいのに変わってしまった。秋への季節のグラデーションも、ここ近年は残暑が長引いていきなり寒い日がやって来るといった、風情のない変化になりつつある。夏の終わりはお盆が過ぎて徐々に涼しさが混じってくる頃から始まる。そして約1ヵ月後には暑さ寒さも彼岸までとの言葉がしっくりくる爽やかさを感じるものだが、昨今当てはまらなくなっている。こうなると日本人の季節への感性が鈍くなってしまうのが心配なおっさんである。
季節を歌う曲が減っているように感じる。最近の流行歌は自分の内面と向かい合う詞が多くて、季節なんかかまっていられないと言っているかのようだ。僕らが10代の頃の流行歌は、四季を感じさせてくれたものが多かった。聖子ちゃんの曲をデビューから追っていっても季節ネタばかりが並ぶ。微妙な季節のグラデーションは、本来作詞の上で格好のネタとなる。春秋が短くなり、季節の移り変わりが極端になってしまったせいで、ネタとして威力が弱まっているのは否めない。
今日から旅人になってしまう聖子ちゃんにキュンとさせられた『風立ちぬ』とか、夏を思い出しながら腕の中で旅をする『風は秋色』なんか、季節感満載である。加えて、まるで秋は旅に出る季節だと訴えかけているじゃないか(笑)。夏に疲れが出てきたタメ年諸氏よ、昔過ごした情緒ある秋を思い出して詞でも書いてみますか? いやいや、聖子ちゃんが説くように旅にでも出ますか。
「最近の流行歌は自分の内面と向かい合う詞が多くて、季節なんかかまっていられないと言っているかのようだ。」
本当にその通りだと気づかされました。編集長さん、もといプロデューサーさんの核心を射抜いた表現に感服しました。
最近の曲には風景や季節、そこから生まれる情感が歌われていないというのは前々から思っていた事ですが、この余裕のなさゆえに美しい表現力も衰えていってしまっているのかもしれません。
そしてこれは、歌の世界だけではなくてすべてにおいて言えることですね、きっと。
マナサビイさん、ありがとうございます。
まったくその通りで、すべてにおいてでしょうね。でもその流れは仕方がないので、逆らって踏ん張って歯を食いしばって進むのが我々世代なんでしょうね。
>季節を歌う曲が減っているように感じる。
ふと思ったのが。泉谷しげるさんの「春夏秋冬」です。
出だしが「♪季節のない街に生まれ」から。「本当に季節がないのか?」と思いきや。
「♪春をながめる余裕もなく」「♪夏をのりきる力もなく」「♪秋の枯葉に身をつつみ」「♪冬に骨身をされけだす」と。
「季節がない」と言いつつ。季節を感じている心が伝わってきますね。(^^)
40年男の一人さん、ありがとうございます。
名曲ですよね。僕も昔カバーしてみましたが、ろくにまとまらない歌でした。この曲の言葉の重みが僕に背負えなかったからでしょう。
猫も杓子も聖子ちゃんだったのもありますが、カウンター含め奈保子派でした。笑
とはいえ楽曲は悔しいかな聖子陣営が上手でした。
なので青春の記憶に残るシーンでは、聖子ちゃんの季節感溢れる歌が残ります。
四季を彩る良い楽曲でした。
聖子BOXが欲しくなります。( ̄▽ ̄)
僕もあまり聖子ちゃんには夢中にならなかったのですが、曲やアレンジは飛び抜けてよいですよね。
紅白歌合戦での『天使のウインク』の歌唱に、トッブアイドルにはそれだけの力があるのだと遅ればせながら感心したものです。
大河ドラマのオープニングが始まると切なくなっちゃうだろうなぁ・・今夜は(笑)
盆が過ぎたらすぐ正月・・季節を感じたいけど最近はこんな感じだなぁ。
夕立の後の匂いがなんともいえず好きだったけど、そんな風情もなくなったような今日このごろ。
ジョニー藤好さん、ありがとうございます。さすがにサザエさんは見てないようですね(笑)。
夕立後のなんともいえないいい香り。今や懐かしの想い出になってしまった気がします。