「北新地はな、東京で言ったら銀座のことや」とのご指導をいただいたのが19歳の時、大阪に移り住んだ昭和60年だった。そしてこの少し後に、上田正樹さんと有山じゅんじさんの名盤『ぼちぼちいこか』で歌われている『あこがれの北新地』を聴き、先輩のアドバイスの意味を深く知ったのだった。
僕ら世代にとって上田正樹さんといえば、衝撃的なしゃがれ声で大ヒットした『悲しい色やね』だろう。高2の冬に流行ったこの曲を聴いていると、大人の階段を駆けあがってゆく気がした。当時の僕は、RCサクセションやストーンズを媒介にして、R&Bやブルースにドンドン入っていった頃で、歌番組で上田さんがその辺の音楽に強く影響を受けていると知り、雑誌から上田さんについて掘り込んでいった。このヒットのずっと前にサウス・トゥ・サウスなるバンドでガンガンにR&Bを歌い、知る人ぞ知るシンガーだったことを突き止めた。中古レコード店に行き早速手に入れたのが、ストレートなタイトルがステキなライブアルバム『この熱い魂を伝えたいんや』だ。余談だがジャズの名曲で、レイ・チャールズのカバーで有名な『Georgia on my mind』の音源をキチンと手に入れたのは、このアルバムが最初だった。
まだあんなダンディでなく、ヤレまくっていた上田正樹さんが、サウス・トゥ・サウスのギタリストの有山じゅんじさんと作ったアコースティック・ラグタイムブルース・アルバムが『ぼちぼちいこか』である。大阪で知り合ったギタリストが「『この熱い魂を伝えたいんや』もええけど、これもええよ」とカセットテープを手渡してくれた。昭和50年にこんなにステキなアルバムがリリースされていたことを、10年後の昭和60年に知ることになったのだ。名曲ぞろいでものすごく楽しいアルバムだ。
さてさて、『あこがれの北新地』である。歌詞の内容は、1度酒を呑んでみたかった北新地でボーナスを使い切って呑んでやる。サビでは誰もがあこれる北新地と歌い、オチはホステスさんからあんたらのような若いヤツが来るとこやおまへんとなる。男のわびさび(笑)を見事に歌いあげた名曲である。
先日、大阪に出かけた時に軽く迷子になっていたら、その地にたどり着いた。真っ昼間の街は静かに眠っていたが、なるほどネオンが全部灯いたらそれは見事だろう。上田正樹さんが歌ったのが20代半ばで、僕がこの曲を初めて聞いたのはハタチだ。時はずいぶんと流れすっかりおっさんで、北新地で呑む資格は十分に備えたことになる。出かけてみたいものだが、年齢はさておき財布はついていけるのだろうか? 関西のタメ年で北新地通の方々、どうか僕をあこがれの北新地デビューに連れていってくれっ!!