呑んだくれて迎える朝が好きだ。若かりし頃は、東から少しずつ青くなっていくのを眺めながら道路にしゃがみ込んではいろんなことを考えた。僕は17歳で居酒屋のバイトを始めて以来、背伸びしながら大人たちとの付き合いに積極的だった。こじんまりとした馴染みの居酒屋に入り浸りながら、大人たちとの会話にいろんなことを学びとった。なかなかうまくいかない音楽活動に悩みながら、将来への不安を払拭して励ましてくれるくれる大人たちと多くの時間を過ごした。居酒屋を出るとすっかり明るくなっていることもあり、秋から冬にかけてはこんな蒼い空がよく見られたものだ。微妙な色をうっとりしながら眺めていると蒼から赤へのグラデーションを見せてくれる。どんどんポジティブな気持ちになって、しゃがみ込んでいた道路から腰を上げて家路につくのだ。
今も朝まで呑むことは多い。そしてこんな空に出会えると一気にあの日へと時間旅行となる。思えば苦しいことばかりだった気がするが、それらを吹き飛ばしながら明日への夢を描いていた。朝のパワーが僕にエネルギー注ぎ込んでくれて、しんどい日々を走る勇気がわいてくるのだった。
今になってもあの日の苦しみは変わることなく、むしろドンドンしんどくなるばかりだ。だが、あの日以上にエネルギーをもらう術は知ることが出来た。これが生きる財産なんだなとつくづく思いながら、先日の蒼い朝をしばし楽しんだのだった。
さて、青でなく蒼なのはなぜか。中学時代に洋楽はハマった時になんてカッコいい書き方なんだろうと感動したのが、フォリナーの『蒼い朝』だった。曲もスゴく好きで、僕にとってフォリナーのベストソンクだ。ローティーンで聴いたこの曲のおかげで、後に僕は蒼い朝が好きになったのかもしれない。呑んだくれとフォリナーになんの接点もないけれど、僕の中でしっかりと繋がっているのだ(笑)。
それにしても、70年代の後半から80年代前半のロックシーンは賑々しくて楽しかったですなあ。懐かしの産業ロック万歳である!!
青は無機質な感じがするけど蒼は気持ちがこもってる感じがするよね。碧もあるか。
気持ちですか。うまいことおっしゃりますね。