先日、僕にはちょっと場違いな雰囲気の丸の内パレスホテルに出かけてきた。フリーランスのデザイン集団で、日本が世界に誇るGKデザイングループの会長、榮久庵憲司さんの受賞記念講演に行ってきたのだ。
受賞したのは、イタリアのインダストリアルデザイン協会(Associazione per il Disegno Industriale、略称:ADI)および、ADI基金が主催する第23回コンパッソ・ドーロ賞における国際功労賞だ。コンパッソ・ドーロ賞とは1954年に創設された欧州で最も古く影響力のある国際デザイン賞で、3年に1度、製品や製品システム、サービス、研究・調査などに対し、先進的で文化的な意識をもったものに与えられる。若手賞、功労賞があり、国際功労賞はイタリア以外の人物や企業などの組織に対し、デザイン文化の振興や提言に優れたものに授与されるとのこと。すばらしい功績をたたえられての受賞で、その記念講演と祝賀会にお誘いいただいたのである。大御所や先輩方が多く駆けつける中で、緊張しながら過ごした僕だった。
光栄なことにこの場に呼んでいただけたのは、ヤマハのバイクのデザインをGKが一手に引き受けていることによる。バイクデザインの第一人者で、GKグループを構成する会社の1つ、GKダイナミックスの社長の一條 厚さんに懇意にしていただいているからだ。国内バイクメーカーでもっともデザインの評価が高いのがヤマハで、デザインのヤマハと呼ばれ続けているのは彼によるところが大きい。そんな偉大な方とお付き合いさせていただけるのはとあるきっかけから。バイク雑誌を得意にしている我が社だから、取材やイベントを通じてお会いすることが多い。ある日の取材終了後に思い切って「一杯いかがでしょう」と誘ったところ「いいですね」となり、以来ちょくちょくご一緒させてもらっている。気さくで温厚でインテリジェントな大先輩とお付き合いいただけているのは、ありがたいかぎりだ。
GKデザイングループといえば、シンボリックに語られるのがキッコーマンの卓上醤油の瓶である。パッケージがそのまま容器になるカタチづくりは、考えてみればすごい発想力でないか。なじみ深くて生活にすっかり入り込んでいるからデザインとしてとらえたことはなかったが、GKにふれて考えをあらためさせられた。
受賞なさった榮久庵さんの講演では、デザインとの出会いから丁寧に話され、大変勉強になった。終戦直後の広島に帰郷した彼が見たのは、真っ平になってしまった故郷の姿だったそうだ。「壮絶な無。凄惨な無。そして無惨な無」と表現なさっていた。この無のなかにカタチあるもの見つけて手に持った時に「モノの世界へのパスポートを得た」とおっしゃっていた。うーむ、天才の言葉は重い。その約1ヶ月後に闇市で鍋が売っていて、そこに三菱のマークを見つけてしまう。零戦を作っていた技術で鍋を作っていることに悲しさを感じたそうだ。
デザインの世界に没頭した彼は、復興とともに人々を豊かにするモノのデザインを提案し続けてきた。日本のインダストリアルデザインを牽引してきた男が、その仕事の精神をこう語ったのは感動的である。
「人の心が美しくこもったモノが人に伝わる。人格こそが大切である」
僕自身も仕事への取り組むテーマは心であり人格である。突き詰めればどんな仕事も同じはずで、そこへとすべての意識を持っていけるかどうかも含めて心と人格だ。偉大なる大先輩にせめて気持ちだけは負けないように、ますますの努力を誓ったのだった。