僕は頭から仕事を外すのが極めて苦手だ。何かしていても、いつの間にか仕事のことで頭がいっぱいなんてのは集中力のなさだろうが、ともかく寝る間際なんかもずっと仕事のことばかり考え込んでしまう。「そうそう」と頷いている昭和40年男諸氏は多いことだろう。
昔、ある先輩が教えてくれたのは、料理を作っているときは仕事を頭から外せるという方法だった。確かに、台所に立って包丁を動かし始めるとあら不思議、スッコーンと仕事のことを外せるじゃないの。ここ近年は大晦日からお正月の3日間は仕事から一切離れるようにしていて、大晦日に正月料理を拵えるのは完璧に外すことの導入剤のようになっている。そして3日の夜になるとムクムクと仕事が頭の中で目覚めていき、4日には完全な戦闘モードになれる。普段でも、たまに煮込み料理なんか作るとリラックスできて、ものすごくいい効能をもたらしてくれる。
煮込み料理のような時間のかかるものはまれにしかできないが、写真の薬味切りだって十分に効能はある。夏のお楽しみそうめんは、涼しい季節はまったく食べたいと思わないのに、ここ数日のような暑い日になると無性に食べたくなる。そしてこのようにたっぷりの薬味でいただくのがたまらなく、さっぱり気分を満喫できる。そうめんの日は率先して台所に立ち、ひたすら薬味を刻む。上手に細く切ろうとすればするほど、脳内から仕事のかけらが消えていき、包丁に集中して刻み終えてこうして器に盛ったときは、ささやかな達成感を味わうのだ。
青ネギは小口にして、白ネギとみょうがは小口にしたあと仕上がりに少しだけ包丁を入れ、粗めのみじん切りのように仕上げる。大葉はこれ以上ないというほど細く切って、ショウガをすったらそうめん薬味セットの完成だ。定番の『揖保乃糸』は少し固めに茹でていただく。ああ満足、日本人でよかったと、食後は気分よく仕事へのスイッチが入ることをお約束しよう(笑)。