年齢のいった店主が暇そうにしている散髪屋に行くか、それともヤングなスタッフがキビキビと動き回る美容室にするか。悩み続けた日々に、僕はついに決着をつけた。
新年早々、ありがたいことに新聞に紹介記事を掲載していただいた。そこに掲載された写真が、それはひどいもので、とても新聞に掲載していただく姿でなく、おそらく担当記者は上から叱られたに違いない。そこで新年の目標に、プロの技術で散髪するという常識では考えられない低次元の目標が加わったのだ。というのも、僕は高校時代からほぼずっとセルフカットで、貝印のT字の安全カミソリを使いジャギジャギとやる。そもそもはロッド・スチュワートのツンツン頭に憧れて始めたことで、自分好みに切れるうえ金もかからないのだからコイツはいいと、もう30年以上続けてきた。今日に至るまで何度か人に切ってもらったことはあるものの、ほんの数回の例外中の例外的な事情があってのことだ。ともかく僕は49歳を目前にして、長いセルフカット人生と決別することにした。
そして冒頭の悩みが続いていた。近所に床屋と美容室が一軒ずつあり、のぞき込んでは思案を続けていたところ、家人がつい先日オープンした美容室を試したらよかったぞとのことだった。さらにご紹介者半額チケットをもらってきて、これだとシャンプーとカットで3,000円也。これだっと出かけた。
地図を頼りに店に着く。
「うわーっ、なんだこの女性チックなエントランスは」と心が叫ぶ。まるで女性ファッション店のような雰囲気で、入るのを躊躇しながら見つけてしまったのが“男性のお客様も大歓迎”との張り紙だ。
「それって男性は対象じゃないと言ってるようなものじゃない。もうやだ。帰りたい」 心が叫び続けるも、予約しているわけだから裏切るわけにはいかない。覚悟を決めて店内へ入るとお客さんは全部女性で、店員さんは若い人ばかり。嫌な汗が額に浮かび、ものすごく緊張した。この気持ちをわかっていただけるだろうか? 昭和男子道を突っ走ってきた、マクドナルドさえ1人で入れない僕には完全アウェーの空間で、どうにも居づらい。
ソワソワしながらしばし待つと声がかかった。まずはシャンプーだと、これが男性でよかった。かわいいオンナの子だったら緊張はとけないままだっただろうが、僕の緊張を察してかどうかはわからんが、巧みな会話でほぐしてくれた。それと、人にシャンプーしてもらうのはなんと気持ちいいのだろうと、すっかりリラックスできた。終わって鏡の前に座ると、今度はカットマンと挨拶を交わし、再びチョッピリ緊張するが、これまた男性で少しホッとする。オンナの子でないことを喜ぶことが、僕の人生にあることを初めて知ることができた、貴重な体験だ。
若い兄ちゃんはどうするかと僕に問う。
「ずっと自分で切っていたもので、イメージがつかないんですよ」と恥ずかしい答えだ。あーだこーだと兄ちゃんが引き出してくれてカットが始まった。
「自分で切って失敗しないですか」
「失敗ばかりです」
「後ろがずいぶん重いですね」
「見えないからあまり切れないんですよ」
「手とか切らないんですか」
「安全カミソリだから大丈夫です」
兄ちゃんのカットマン人生で、交わしたことのない内容の会話となったのではないだろうか。あまり弾まない会話を交わしながら、やがてカットは終了した。なんだかベタベタするのを塗り込みながら「前髪はまっすぐ降ろさないでください。こんな感じで流すといいです」とのアドバイスに「はい」と頷く僕だが、ベタベタするのは嫌いだからこの返事はウソをついたことになる。
ともかく、昭和40年男の初体験は終了した。あまりカッコ良くないのは、素材が悪いのだから仕方ない。でも自分で切るのとは雲泥の差を感じている。次回またここにお世話になるかは、いまのところハーフハーフである。