もうかれこれ30年以上の愛読誌『ビックコミックオリジナル』に、41年間に渡って連載を続けてきた『あぶさん』が、ついに完結した。連載スタートは昭和48年で、小学校低学年の昭和40年男にとって、ここからリアルタイムでつき合ってきたという強者はほとんどいないだろう。もちろん僕も同様で、連載がずいぶんとこなれてから知り、古本屋で入手した単行本で遡って読んだのだった。
数ある野球漫画のなかでも、好きな作品なのは呑んべえだからだ(水島先生は飲兵衛と書く)。最終回もあぶさんらしく酒で締めてくれたのはファンにとってはなによりだった。最終ページに読者へ向けた先生よりのメッセージが掲載されていて、ちょっと意外だったのは先生はまったくの下戸だとのことだ(有名な話かもしれんが)。だからこそ先生にとって、“飲兵衛”を描くことは「挑戦」であるとしている。さらに“飲兵衛”は憧れで、ほろ酔いは夢、二日酔いは奇跡だとする言葉の数々は、意外でありながらなんとも微笑ましく作品愛を感じる。だからああもイキイキとした酒人生を描いたのだろう。そのままに、酒しぶきは僕ら男の憧れの世界であり、カッコいい呑んべえの象徴だ。二日酔いで弱音を吐かず、酒に崩れることがないのは完璧な手本で、僕のようなダメダメな呑んべえとは大違いで、ひたすら寡黙なのも憧れの男だった。でもこれは下戸だからこそ生み出せた粋の世界かもしれず、酒好きにあそこまで完璧な呑んべえは描けないかもしれない。だって酒好きはみんなだらしないものね(笑)。
『あぶさん』は野球漫画と呼ぶにはちょっと異質な存在でありながら、よくぞ昭和から平成を見届けたものである。思えば僕らの幼少期は野球漫画であふれていた。『巨人の星』や『侍ジャイアンツ』は、まだ漫画雑誌に本格的にのめり込む前から、ブラウン管の前で夢中にさせて僕らに素地を作った。漫画雑誌で虜になったというと『ドカベン』や『野球狂の詩』など、すでに『あぶさん』以前に水島先生の作品は強かった。
ちば先生の作品で『キャプテン』と『プレイボール』にリアリティを感じながら熱くなった。正直な気持ちとしては、独特の絵に慣れるのは時間がかかったが、やがて強く感情移入するようになり、イキイキとしたキャラたちにすっかりハマっていた。また、『アストロ球団』や『どぐされ球団』なんかもちょっと異質で、子供心に大人っぽい作品だと感じながら読みふけった。『悪たれ巨人』なんてのもあって、これは逆にちょっと子供っぽいぜなんて、後半になると距離を置き始めた覚えがある。
熱血一辺倒だった野球漫画の流れを変えたのは、なんといっても江口寿史先生だ。『すすめ!!パイレーツ』の笑いのセンスは、どちらかというとギャグ漫画が苦手だった僕にはピタリとハマった。当時、突如として若者を包み込んだサブカルっぽい空気を、よりによって汗をタップリ吸い込んでいたはずの野球に取り入れた功績はでかい。一方もうひとり、野球に目一杯の恋愛感情を持ち込んだあだち充先生の罪も大きい(笑)。
なんて、野球は漫画の題材のいつも主役だったのに、『キャプテン翼』の登場によって一変してしまった。あそこをターニングポイントにして、主役の座から転げ落ちるように減ってしまったように感じる。確かに時代の流れは「血の汗流せ」から「ボールは友達」へと移り変わっていた。ケツバットなんてとんでもないし、うさぎ跳びは膝に悪く、徐々にスポ根そのものもよくない考えへとシフトしていった時代だ。『あぶさん』はそんな変化の最中でも、いつも寡黙に酒を呑み、試合となれば酒しぶきを決めていた。なんとカッコいい男なのだろう。41年間も日本の男たちに酒道を教えてくれたあぶさんと、水島先生に心から感謝の気持ちを送りたい。
もっと続けてほしかったが、カエルもどきのキャラクターを使った酎ハイのCMが放送中止に追い込まれるのだから、続けていても連載休止に追い込まれたかもしれない。
「神聖なるスポーツの現場で酒しぶきとは何たること」とか言われそうだものね。