うちの社が出版事業に手を出して10周年を迎えたので、
間にいろいろはさみつつ、これまでのことを振り返りながらつづっている。
ついに禁断の果実(!?)に手を出す日が来た。
出版社になりたくて、というか自分たちで出版したくて買った会社が持っていたのは
『レディスバイク』という女性ライダー向けの本だった。
その頭文字を取ったLとBがそのまま会社名になっていて、エルビーマガジン社と名乗っていた。
前社長に敬意を払い、そのままの社名を使っていたのだった。
そのせいで、というわけでもないが
『レデイスバイク』は意識の片隅にいつもあった。
いつか復刊させたい。
休刊は廃刊じゃねえぞーってヤツを見せてやりたいと、
今ひとつ意味不明な意地があった。
だが、悲惨ともいえる休刊を俺は横で見ていたから、
絶対に成功するはずがないとそのまま片隅に追いやっていたのだった。
ある日スタッフから「LBの復活はありじゃないですか?」と
いきなり核心をつかれたのは2004年の夏のことだった。
確かに、女性の消費が元気だと世間では騒ぎになっている。
男性より女性が元気で、それはライダーの増減を見ても理解できることだった。
だがカンタンに手を出せないのは、バイクとはいえ女性誌というところだ。
このスタッフからの言葉で「ありじゃないですか?」は
そのまま「つくれますか?」と聞いているのである。
まったく自信はなかった。
女の子は大好きでも、女の子の気持ちなんかわかりゃしないし、
わかろうともしない俺がつくれるはずないじゃないか。
でも間違いなくニーズもマーケットもある。
それと日に日に挑戦したくなっている自分がいることに気がついた。
書店に行くと自然と女性コーナーに行ってしまうのだ。
だが、分厚い本にこれでもかと詰め込んであるコンテンツ量を見てはため息をつき帰ってくる。
でも以前思った気持ちで「タンスタを成功させれば天下が取れる」と同じような気持ちになっていくのであった。
これで女性バイク雑誌までつくれたら天下が取れる。
タンスタの成功では取れなかったが、これを成功させれば
いよいよ女性生活情報誌やファッション誌に進出して、スーパー編集長になれる。
いよいよ天下取りのときが来たのうと戦国武将のような決定をしたのは、2005年のお正月だった。
余談だが、お正月がなかったら俺の新規チャレンジは格段に減っていることだろう。
大概の事業が、寝坊して登りきってしまった初日の出を前に「やるぜよ」と誓ってしまうのである。
悶々とした日々を超えて、このお正月は誓ってしまった。
「北村明広、女性誌元年ゼよ。やるぜよ」と。
こうして壮絶なる戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
続くんだもんね。