昨日の東京はこんなにきれいな夏空が広がっていた。幼い頃の東京の空と比べると、よくぞきれいに生まれ変わったたと感心させられる。河川もしかりで、僕が住んでいた東京都荒川区を流れる隅田川なんざ、かつてはベドロだらけでひどい悪臭を放っていた。今住んでいる街に流れる多摩川も、とんでもなかったらしい。隅田川同様、ヘドロと悪臭はあたり前で壊滅的な状況だった。それが今や、鮎が捕れてそれが銀座三越に並ぶ。川沿いのある小学校では、授業に多摩川で泳ぐ時間を組み入れている。これほど回復するなんて、多分僕と同世代の誰も予想していなかっただろう。高度経済成長の裏にある、仕方のないことだとも諦めていた。今の中国に見える惨状とまったく同じだ。
幼少の僕の記憶に、鮮やかに残っている光景がある。埼玉県川口の叔父宅に遊びにいった時の夕暮れの帰り道でのことだ。真っ赤な夕焼けと遠く彼方に富士山が見えた。そしてやがて焼けた赤は闇に包まれていき、星が輝き始めた。どうしてこんなにきれいなんだとの問いに、田舎だからと叔父は答えた。小学校の低学年でのことだから約40年も前のことだ。この言葉は強く僕の中に残り、それ以来、家族旅行のリクエストを問われると田舎と答えるようになったのは、当時の東京では見られない空をいつも求めたからだ。
ここまでに回復したのは、官民一体となった努力の賜物である。行政の旗ふりは、時には企業サイドには厳しすぎることもあったが踏ん張った。行政主導によるものばかりでなく、業界で足並みを揃えての自主規制にも果敢に取り組み、今もそのハードルを上げ続けている。血のにじむような努力の成果がこの空なのだ。あの日見たような夕焼けや、富士山だって東京のいたるところで見られるようになった。夜も眠らない街だから、満天の星というのは難しいが、それでも昔に比べればずいぶんとたくさんの星が輝くようになった。
これぞ、日本の底力だと感じる。みんなが力を合わせていい方向へと導くことと、そこへ向かっていく真面目さと意識の賜物だろう。成さねばならぬ何事もの精神が、日本人の心には標準装備されていることの証がきれいに生まれ変わった東京の空に見て取れ、なんともうれしく、また誇らしい気分で晴れ渡ったのだった。
見た目はきれいだけど、放射能満載だけどね。
それと昭和40年生まれの自己陶酔っぷりがきもいわww