16年目で100回を積み重ねたカワサキのイベント。

今日はちょっくら、バイク関連の仕事の話をさせていただく。

1998年の4月19日のこと、僕は大分県のサーキットにいた。初めて編集長を務めた雑誌『カワサキバイクマガジン』の読者ミーティングを、カワサキと共催でやることになり、トントン拍子にその日を迎えたのだった。その名も『カワサキ・コーヒー・ブレイク・ミーティング』だ。

イベントらしい仕掛けは特にせず、シンプルにライダー同士の出会いの場を提供しようとのコンセプトだった。唯一のサービスは、来てくれたライダーたちにコーヒーをふるまうことと、終了間際にささやかな賞品を用意してジャンケン大会を行うだけで、当時のバイクイベントとしては極めてシンプルなものだった。ともかくスタートさせてみて、改良点があったらその都度対応することにしてのぞんだのだ。以来、北は北海道から南は沖縄まで全国各地を巡ってイベントを続けてきて、結局スタート当初とほとんど姿を変えないままに継続してきた。九州での第1回に200人以上が集って驚かされた我々だったが、参加者は開催するたびに増える一方で、今では天候がよければ1000~2000人を集めるイベントに成長し、完全に定着した。このイベントが今週末に100回目の記念開催を迎えることになったのだ。

カワサキコーヒーブレイクミーティング

初回のジャンケン大会で進行を僕が務めることになったのは、当日のイベント中だった。編集長なんだからと頼まれて以来、これまで99回休まずこなしてきた。ジャンケンに留まらず、ライダーの皆さんへメッセージを送ることも重要な任務となっていった。近隣に迷惑をかけないように。ゴミを捨てないように。そして、事故に気をつけるようにと叫び続けたおかげで、本当にマナーのいいライダーの集いへと成長した。イベントをスタートさせたばかりの頃は「バカは来るんじゃない」とハッキリ声に出し、誌面にもそのままに書いた。世間ではバイク=悪いヤツらとの目が残念ながら根強く残っている。そのバイクが何千台も集まるのだから、人によっては恐怖に感じることだろう。そう見られることは悔しいが、だったらその目を変えてやるくらいいい集いにしようとメッセージしてきた年月ともいえる。そして、もっともっとマナーのいい集いになるようにこれからも頑張っていきたい。

あの日、大分県の会場にいた32歳の僕が、まさかここまで続けているとは夢にも思っていなかった。この先いつまで続けていけるのかわからないが、やる以上は前回よりもいいものにするように毎回汗をかいてきたことが、継続できた結果に少しは繋がっていると思いたい。

節目の100回を目の前にして、ちょっとばかり肩に力が入っている。というのも、記念開催ということでカワサキのレーサーたちと技術者たちの、計3組のトークショーがプログラムされているのだ。これはかなりのハードスケジュールである。それに100回積み上げた話も当然ぶちかましたいから、おそらく計2時間以上しゃべることになるだろう。体調を整えて望むことにしよう。

関西の皆さん、こうなったら翌週の『大阪ミナミ秘密基地』とセットで会いにきて頂戴な。待ってるぞー!!

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で