大阪の名店が幕を閉じる。

浪速料理 登里市なんでここから郵便が届くのだろうと首を傾げた瞬間に、イヤな予感がした。送り主は大阪難波の松竹座の裏にある料理屋で『登里市』という店だ。つい先日、ずいぶんとご無沙汰になってしまったが顔を出した。決して安い店ではないが、料理のクオリティを考えるとコストパフォーマンスはすこぶるよい。うまい出汁を武器にした料理にいつも舌鼓を打ち、なにより76歳を迎えた主人の元気な姿にいつも感激させられるのだ。驚異的なのは、年間360日連続で店を開けることで、休むのは大晦日から4日までの5日間だけで、オープン以来ずっとそのスタイルを続けている。「お客さんみたいにフラッと寄ってくださる方がいるから」だと、さらりとおっしゃる、脅威の76歳である。

僕が親父さんと呼び、親しくさせてもらっている料理人は3人いる。1人はつい先日店をたたみ、いつかまた小さな店をオープンさせると、温泉施設の厨房で資金作りにがんばっている和食職人。もう1人は比較的最近知った寿司職人。そしてここ『登里市』の主人も、もうかれこれ10年ほど親父さんと呼ばせてもらっている。出張のときに、店構えと浪速料理と書かれた看板に誘われ思い切ってのれんをくぐったのが始まりだった。

年賀状は毎年届くが封書をいただいたのは初めてで、はさみを入れると予感は的中してしまった。挨拶状が入っていて、この12月で創業50周年を迎えると始まったから一瞬悪い予感は吹き飛んだが、読み進めていくとこれを期に閉店の決心をしたと続いたのだった。親父さん3人衆の内の1人が店をたたんだばかりで、先日うかがったときにその話をして、奮闘を続けてほしいとお願いしたばかりだった。ここ近年は客でにぎわっている店内を見たことがなかったから心配はしていた。結構な客席がある店で、息子さんと3人でやっているとはいえ苦しいだろうことは想像できた。そこに年齢の壁がおおい被さり、この決心となってしまったのだろう。

挨拶文にはご夫婦それぞれのコメントが添えられるなどの、お決まりのものでない心のこもった文章になっていた。親父さんは「仕事人間から、ゆとりの時間を上手に使えるように努力したいと思っております」としてあり、女将さんは「これからは、子供・孫と一緒の時間を送りたいと思います」と綴っていた。驚いたことに、26歳と20歳の新婚で店を始めて今年、喜寿と古希、金婚式と創業50年を全部まとめて迎えたそうだ。コイツはハッピーリタイヤだな。寂しいことだが、むしろ祝うべきだろう。

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