「CDが売れない」
もう耳にタコってくらい聞くセリフだが、こんな時代に渋谷のタワーレコードが大改装を敢行する。渋谷の一等地にドーンと展開している、国内最大級の音楽ソフト販売店で、売れない時代とは思えないほどの客で溢れかえっている。とはいえこの時代に攻めに転じるとは思い切ったものだ。地下1階から8階までの売り場で80万枚を在庫するという。
昭和40年男にとって音楽ソフトとは“パッケージ商品”であって、単純にソフトで割り切れない想いを持つものがほとんどだろう。ジャケットサイズが大きく、また値段も高かったアナログ盤時代は、パッケージの美しさや企画性に富んでいて所有感が大きかった。2500円もの大金を払って買うのは、約10曲前後の楽曲だけでは決してなく、付加価値を含めて所有することに対価を払ったのだ。
「ジャケ買い」なる言葉に代表される、グッとくるアートワークが多かった。先端をいくビジュアルのアーティストにとって、ジャケットに参画することが誇りだったから、すばらしい作品の数々が生まれたのだろう。あのサイズに比べるとCDに変わったことは、そのまま表現が小さくなった。音楽を聴くことそのものは便利になったが、パッケージとしての魅力は格段に下がった。そんな時代の変革期を、僕ら昭和40年男は実感しながら生きた。
シンプルに音楽を楽しむだけなら、パッケージなんか必要ないと考えることもできる。もっと進んで楽曲は無料でいい、その周辺ビジネスで利益を得ていく方向を目指すアーティストも激増している。音楽ビジネスは多様化していて、そのひとつにCDが残っているのが現状だ。
今回の渋谷タワーレコードの改装は、売ることに付加価値を付けていこうとする、これまでの信念をさらに推し進めたものだ。ライブスペースや映像、これまでも得意な企画ものなどを展開して、いつも何かが起こっている店を目指すそうだ。集客を販売に結びつけていこうとするタワーレコードの姿勢には、根底に音楽への深い愛情がある。パッケージを買ってもらい、大切に楽しんでほしい。ユーザーにとっていいセレクトをしてほしいとの想いがある。店内そこら中で見る手書きのポップにもそんな姿勢があふれ出ていて、音楽への愛情を感じさせてくれる。試聴コーナーの充実ぶりもそうだろう。ユーザーにキチンとレコメンドして、買った客が後悔をしないための店舗作りがなされていて、これこそがネット販売に勝てる販売店の魅力だろう。それを今回、東京渋谷の一等地で展開するというのだから、僕にはうれしくてならない。ビジネスとして俯瞰でとらえたら無謀のチャレンジと言われるかもしれないが、音楽をパッケージとして理解してしきた僕ら昭和40年男には深く頷ける。ましてやタワーレコードなのだから単にビジネスだけで語らなくともよいパワーを持っていることも、僕らの世代には十分に理解できる。
ならばと、改装前に出かけてきた。相変わらずの試聴コーナーの豊富さに、ついつい我を忘れて最新の音楽を聴きまくった。楽しい時間が過ぎて、よーし久しぶりにドーンと買おうという気になり、まんまと術中にハマった僕はレジにガンガンと運んだ。情けないことに試聴したものからは1枚もなく、カセットでしか楽しんでいなかった、ドナルド・フェイゲンの『ナイト・フライ』とトトのファーストという、偉大なるドラマーのジェフ・ポーカロ絡みの2枚。そしてリンダ・ロンシュタットとニール・ヤング、ジャニスのそれぞれライブDVD。誰かに貸したまんま行方のわからなくなった、ビデオテープ時代から考えると4回目の購入となった『ウッド・ストック』と、なんとも昭和40年男丸出しのパッケージを若い店員に胸を張って差し出したのだった。昔より小さくなってしまったタワーレコードの黄色い袋に下げて、中学生時代とまったく変わらない満足感とニコニコ顔で家路についたのだった。