先週末より全国で公開されている話題作『夜明けの詩』。1975年生まれで、昭和50年男とは “タメ年” でもある、キム・ジョングァン監督のインタビューをWeb版としてお届けします。
キム・ジョングァン監督 インタビュー
ハートフルな物語と静謐な映像美が味わえる
ヨン・ウジン、イ・ジウン共演の話題作『夜明けの詩』。
(文: 広川峯啓)
韓国版『ジョゼと虎と魚たち』で、日本でも多くのファンを獲得したキム・ジョングァン監督の最新作『夜明けの詩』が 11月25日 (金) から全国で公開されている。生と死、時間、記憶という深遠なテーマを描いた、観る者すべてに寄り添うヒーリングストーリー。韓国では “ロマンス職人” の異名を持つヨン・ウジンと、是枝裕和監督作品『ベイビー・ブローカー』に出演し、歌手・IU としても絶大な人気のイ・ジウンの共演が話題になっている。この度、舞台挨拶のため来日したキム・ジョングァン監督に、映画が醸し出す独特な空気感や、撮影にまつわるエピソードを訊いた。
「この映画では、一人の男が4人の人物と対話を繰り広げることで、少しずつ変化をみせていく様を描きました」
物語はイギリス帰りの一人の小説家が、“時間を失くした女性” をはじめ4人の人物と、さまざまな場所で出会い、そして別れていくことで得た気づきを丁寧に描いていく。
「小説家を演じるヨン・ウジンとは、前作『窓辺のテーブル 彼女たちの選択』にも出演してもらいました。今回は4人の話を聞く中で、繊細な表情で聞き入ることのできる人を求めていました。立場の違う4人の話を、小説家は優しく繊細な表情でそれぞれ受け止めていきます。その中で彼自身に生まれた小さな変化を、言葉以外のリアクションで表現しなければならない。それができる唯一無二の俳優がヨン・ウジンだったからです」
小説家が最初にカフェで出会う女性を演じたイ・ジウンは、オムニバス作品『ペルソナ -仮面の下の素顔-』の 一編「夜の散歩」でキム・ジョングァン監督のディレクションを受けている。
「前作でご一緒した時に、非常に楽しく撮影を行うことができました。今回の作品は、一般的な商業映画とは違って、決してふんだんに予算を使えるわけではなかったのですが、彼女にはこの作品で今まで以上に演技をつき詰めてほしかったし、これまで色々と制約があって出来なかったことにもチャレンジしてもらいたかった。その思いを彼女が受け止めてくれたのは、俳優としての情熱を注いでくれたからでしょう」
歌手・IU としても多忙を極めるイ・ジウンにとって、撮影に参加できる期間は2日しかなかったという。にもかかわらず、彼女は “時間を失くした女性” という難役に全身全霊をかけて取り組み、何気なく見える仕草ひとつにも、自身が納得できるまで演技を深めていった。
「あの喫茶店は実在するもので、普段は老人の客が集まるオールドスタイルの店です。そこに彼女が座っている違和感を、自然かつ人間的に表現することが重要だったのですが、歌手としても活躍するイ・ジウンは、一般の俳優にはない独自のキャラクター構成のスキルで、あの場面を見事に成立させました」
老人が集まる店の中で、ふんわりと浮かんでいるかのような彼女のたたずまいの秘密は、ぜひとも映画を見て解き明かしていただきたい。ちなみに『夜明けの詩』というタイトルについて。原題と日本語タイトル、さらに英語タイトルもあるが、この3つ、微妙に意味が違っているのだ。
「韓国語では『誰もいない所』、英語では『心の影』。どちらも私がつけました。『夜明けの詩』は日本の配給会社の方につけてもらいましたが、大変満足しています。この映画には影と光が描かれています。同じ空間であっても、夜中に見る景色と朝に見る景色とでは全く違う印象を受けます。この映画は、そうした心の動きと風景から創作したもので、良く理解してつけていただいたと思います」
光あるところには必ず影があり、寂しさの裏側には優しさがある。人生において、それはいつも背中合わせ。哀しみも寂しさも包み込んでしまうかのような、あたたかく優しい空気感が癒しを届けてくれる。まさにそんな映画なのだ。
「『夜明けの詩』では、陰を見せることで光がよりよく伝わるようにしました。寂しさと死を描いていますが、そこからは救いが見出せるかと思います。悲しい場面もありますが、最後まで観ていただければ、幸せを感じられる映画だと思います」
この作品は大部分のシークエンスが、主人公の小説家と4人の会話によって構成されている。特に大きな出来事が起きるわけでもないが、まるで時間が止まったかのような静寂さが、不思議と心地よい。彼らの語る身の上話に想像力が刺激されて、脳内に自分なりの物語を再生することができたなら、すでにジョングァン監督の術中に見事にはまってしまったのに違いない。
▼映画『夜明けの詩』本予告
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