昭和40年生まれの歌舞伎俳優・中村橋之助が、大手芸能事務所の太田プロダクションと6月1日付けで業務提携し、バラエティ番組に挑戦していくことを決めた。
中村は、昨年10月に父で人間国宝の中村芝翫を亡くし、自身を取り巻く環境が劇的に変化した。その変化のなかで「結婚後、歌舞伎に専念してきましたが、こうした中で、歌舞伎を主流としてほかの仕事も意欲的にやりたいと思いました。壁をつくるとラクだけれど、それを取り外していきたい」と心境が変化し、今回の挑戦を決意したのだそう。
そして中村が太田プロと提携するキッカケになったのは、太田プロに勤める中学時代の同級生の存在だったのだとか。その友人と偶然再会し、話が盛り上がり、自身の思いを打ち明けたところ、「それじゃあ、なにかやろう!」と、今回のタッグが実現。中村はこの再会の縁を大事に、一層の努力をし新境地に意欲的に挑んでいくことを友人と約束したのだそう。
すでに来月のバラエティ番組の出演が決まっており、同じく昭和40年生まれの妻で女優の三田寛子との初共演も視野に入れているようだ。新たな道を切り開いていく中村の活躍に注目したい。
【profile】中村橋之助(なかむらはしのすけ)
1970年『柳影沢蛍火(やなぎかげ さわの ほたるび)』の吉松君で、本名の中村幸二を名乗って初舞台を踏む。80年に『沓手鳥孤城落月(ほととぎす こじょうの らくげつ)』の裸武者石川銀八ほかで、三代目中村橋之助を襲名。夫人は、三田寛子で、長男中村国生、次男中村宗生、三男中村宜生と、3人の息子全員が歌舞伎俳優としての道を歩みだしている。
※現在リニューアル中
このコーナーでは昭和40年生まれの活躍を紹介。どんな些細なことでも我こそは!という昭和40年男はぜひ『読者投稿欄』から投稿を!