店のセンターにある長いテーブルには、人生に疲れた男たちがそれぞれ一人でその人生を反芻している。来る日も来る日もそんな男たちを迎え入れてくれるのは、浅草の名店 食事処・酒肴「水口」だ。そして僕も一人、その輪に入る。クイックにおしぼりを運んでくる従業員さんに一言「赤星」とキメる。男のダンディズムに少し酔いながら、これまたクイックに運んでくれた従業員さんに「マグロブツとぬか漬けカブとナスで」と告げる。一連の流れは完全なるルーティンであり、赤星をグラスに注ぎグビッと呑れば「男は黙ってサッポロビール」の世界にどっぷりと、このぬか漬け以上につかるのである。
この名コピーが生まれ、広告物が制作されたのは 昭和45年とのことで、それより遥か以前の1877年から存在したのがこの赤星なのだ。詳しくはこちらを見ていただくとして、僕は常々こいつを扱っている店に出くわすと “わかっている” と評価する。「水口」さんにもしもこれがなくても通っているのは間違いないが、昭和25年から続く名店が赤星扱っているのは必然であり、ここでぬか漬けと一緒に呑めるのは至福中の至福なのだ。
大好きな雑誌『danchyu (ダンチュウ) 』の 植野広生編集長が「日本一ふつうで美味しい」料理を紹介するテレビ番組『植野食堂』でも「水口」さんはしっかり登場しているし、さすがわかってらっしゃる!! オープニングフィルムでは「水口」のメニュー短冊が採用されているのだ。
やがて北村のフダがかかった焼酎のボトルがテーブルには運ばれてくる。ここまでくるのに何度足を運んだだろう。何本のボトルを空けたことだろう。ルーキーのボトルはシールであり、入れた日付が記されていて、壁にはボトルキープは1ヶ月と書かれているのだ。無粋になるから聞けないが、おそらくこのフダはこの店に認められた証で、期限なしなのではあるまいか。初めてのれんをくぐったのが2017年の5月で、ここまでくるのに約5年がかかって昇格したということだ。酒場とは男を磨く場所である。だがよくよく考えると、全然磨かれてない自分がいる。こんなダサいことを書いているヤツなんだもの。「男は黙ってサッポロビール」を語れないだろう、「お黙りっ」とツッコんでいる。