旗無月!?

▲僕をいつも癒してくれる、芝離宮の正門だ

6月の和風月名は梅雨ながら水無月だと今月のスタートでつぶやいたが、6月は旗日がないから旗無月と呼んでもよろしいのではあるまいか。あまり風情がないなあ、我ながら。

 

ガキの頃は、祝祭日には多くの家が日の丸を掲げていた。気分が大変よろしかったがいつ頃からだろう、ほとんど見かけなくなってしまった。現代人には旗日なる言葉は通用しないかもしれない。俺たち世代がギリギリかと思い、デスクの隣にいる昭和49年男に聞いたところ、ガキの頃は旗を掲げているのを見ていたし、旗日ももちろんわかるとのことだ。よかったよかった。

 

12月はいつの間にか旗無月になっていたのですな。平成天皇陛下が上皇陛下になられて、この誕生日が祭日として残らなかったのはちょっぴり残念ながら、奥ゆかしき平成天皇はきっと「これでいいのだ」とおっしゃったのではなかろうか。と、勝手極まりないことを考えていたりするのは大ファンだから。平成天皇に感じ続けていた奥ゆかしさや優しさ、そして強さこそが日本人のあるべき姿なんだと、はいつも皇后様とのお二人をうっとりと眺めていた。

 

祝祭日に込められた日本の歴史や想いなど、やはりきちんと受け継いでいきたいなと我想ふ。そして昨今の日本は、国家を尊重する気持ちが高まっていると感じている。右左の話ではない。経済成長期は、日本の心を少し忘れた。イケイケドンドンな時期だったからはそれもよかろうが、現在から未来へと向かってダウンサイジングの局面であることは否めない日本になった。そんな時に大切なことは、自国を愛し隣人を愛することだと我思ふ (しつこいっ) 。四季を愛でたり、前述したように旗日から日本のありようを再確認したり、そうすることで見えてくるのは戦後ミラクルでなく、古からのジャパンミラクルだ。そこに自信を持つべき局面なのだと考えている。おそらく感覚的に感じ取っている日本人が増えているのだろう。旗日の復活にも何か工夫できないものかなと考えているおっさんだ。
 

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