カーペンターズの奇跡 ~大編集後記。

 
あっ、明後日は海岸清掃イベントなので、良い子のみんなは来てちょうだい。は気合十分でMCを務めるから、それを見るだけでもおもしろいと思うよ。ぜひ、ご覧あれ。

 

さてさて、続く続くよ 大編集後記 (vol.73) !!  連載企画で第2特集の『夢、あふれていた俺たちの時代』では、昭和49年をピックアップした。タメ年なら、俄然記憶の映像がくっきりはっきりしているだろう。その頃に今日つぶやくカーペンターズに夢中になっていたという諸氏は、相当のおませさんだと思うが、耳にしたことはあったはずだ。記憶の奥底に「イエスタデイ・ワンス・モア」や「トップ・オブ・ザ・ワールド」(共に ’73年) があり、やがて洋楽に興味を持ち後追いで夢中になったなんて同世代諸氏は多かろう。

 

記事はカーペンターズを発掘し日本にぶち込んだ男、朝妻一郎氏の貴重なインタビューで構成されている。現地で前座を務めていたカーペンターズを見た彼の表現がいい。言い得て妙な表現は、誌面をご確認くだされ。昭和49年は来日公演もあったそうで、日本での人気もピークに達していた。その喧騒や、ファンには貴重な話ばかりが並ぶから必読だ。

 

僕は彼らに夢中になったことなく育った。大人になって音楽全般を俯瞰できるようになってやっとあの声やクオリティの凄さに感心した次第だが、10代の僕が音楽に求めたのは刺激であり、どんどん病的な偏向者になってしまう。やっと脱却できたのは20歳前後だったから、音楽的な成長期にカーペンターズのメロデイに触れるべきだったと今更ながら思う。まっ、後悔はしていないが…。

 

なんの話だ (笑) 。朝妻さんが語るのはカレンの声のよさと、完璧と評するリチャードのアレンジとソングライティングだ。その奥底を解説してくれているのは、やはりさすが日本市場に自信を持って紹介した男である。カーペンターズファンたちよ、ぜひ楽しんでいただきたい
 

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