つい先日お袋が72歳の誕生日を迎えた。〆切前ゆえ残念ながら祝宴は開けなかったが、無事に年女を迎えたのは喜ばしいことで、〆切が過ぎたら祝ってやるつもりだ。これまであまり考えたことがなかったが、僕は辰が生んだ蛇ということになる。なんだかニョロニョロしていて気持ち悪いが、長生きだけはしそうな感じがする。
親父が逝ってしまってからずいぶんの年月が経ち、それ以来ずっと1人ぼっちで実家の荒川に住まわせている。ひどい親不孝者だが、借家である実家に我が家がお邪魔するわけにいかない。こっちに同居しようと誘ってはいるものの、嫁に来たときから住み慣れた街を離れるのは難しい。だったらあっちの街に僕が住めばいいのだろうが、僕が今の街を気に入っていて離れたくないとのワガママもある。早く答えを出さなければならない問題ながら、健康診断オールAのうえ、いまだ1日8時間以上の労働を週に5日も勤めているほどのスーパー婆さんぶりに、ついつい解決を先延ばしてしまっている。
深く感謝していると、お袋はネットなんかできないから堂々と書ける。本人を目の前にしたらそんな照れくさいことは絶対に言えないものだ。これほどの頑丈な体に産みそして育ててくれたことが、どれほど社会に出て役立っているか。健全な肉体あっての心であり、仕事であり、行動である。お袋譲りの頑丈な体はそのままバカ息子にも継承されたようで、ここでも感謝は深くなっていく。
浅草秘密基地のときなど、たまに泊まると朝飯の凄いこと。2週間ほど前に泊まったときは、山盛りのチャーハンが出てきて、さらに揚げ物と煮物、生野菜がドーンにみそ汁が並び、今年47歳を迎える息子に出すメニューかと思わず吹き出してしまった。「このくらい大丈夫でしょ。白いご飯のおかわりもあるから」と、お袋も笑いなから箸を出す。いろんなものを少しずつたくさん食べる。揚げ物だろうと肉だろうと、加齢によっての食の変化はほとんどないとのこと。僕の食が細くならないのはお袋譲りなのだ。そして運動が好きでよく歩く。仕事に頑張りよく眠る。基本中の基本を72歳を迎えてまだ続けていることが、スーバー婆さんの源だ。次の年女時が楽しみになってしまうほどの化け物ぶりを見て、また問題解決を先延ばしにしてしまう、親不孝息子である。
お母さまのお誕生日、おめでとうございます。
やっぱり親から見ると実の子と言うのは、いつまでも「子供」に見えるんだろうなと思います。
ウチの親父もこのあいだ、「おまえ47にもなるのか」とビックリしてましたから。
たしかに一般の47歳にしては、ぼくの場合、若く見えすぎると言うことはありますけど。。。
「お袋の手料理」、いいですねえ。
ぼくの場合、母を14年前に亡くしてますので、もう二度と食べることは出来ません。
今でも時々思い出して、食べてみたいなあと思うことはあります。
お母さまのご長寿をお祈りしてます。
ありがとうございます。僕は親父を17年前に亡くしてます。戦中戦後の話とか、もっといろんな話を聞いておけばよかったと悔やんでますよ。
前略 編集長様
初めてのコメントです。
昨年偶然書店で、この雑誌をみつけて「まさか?」
と、思いました。出版業界の不況を、素人ながらも知っているからです。
数年前に、母親を亡くしました。73歳でした。
死んでしまったら、話すことも顔を見ることもできません。
お正月に、おふくろ様の作った『雑煮』どんぶり一杯の『茶碗蒸し』
食べられなくなったんだなぁ・・・と。
40年男、照れくさいですが、おふくろ様の手料理、食べにいきましょう!
これからも、雑誌出し続けてください
草々