カワサキの友人デザイナーから訃報が届いた。写真の方、田中俊治氏が12月12日にお亡くなりになり、葬儀などはすべて終わっているから手を合わせてくれとのことだった。暮れの押し詰まった日に悲しすぎるメッセージである。
田中さんは、マツダの初代ユーノス・ロードスターのデザイナーとして世界中に名を轟かせている方だ。後にバイクに転身して、その実力を見せつけることになる。2001年にカワサキのデザイン部署に入ると、翌々年にはそれまでのカワサキのデザインとは決別したかのようなモデル、Z1000がリリースされた。決別とはしたが、彼の狙いはよりカワサキらしいデザインの追求だったのだ。
うちの会社が制作しているカワサキのバイクだけに特化した『カワサキバイクマガジン』に何度もご登場いただいているし、優れたデザイン哲学を持つ彼は格好の取材対象者だから、多くのバイク雑誌にも取り上げられている。ユーノスのデザインを「能面」と表現したり内装を「茶室」と表現したり、記事映えと言ったら失礼かもしれないが、言葉選びが巧みだから読者にウケる誌面が作れた。そして奇しくも、現在発売中の『カワサキバイクマガジン』では、歴代のカワサキの変革を集めて「川重事変」という特集を組んでいて、その一つとして彼がデザインを手がけるようになったことを取り上げた。追悼本になってしまったことが悔しい。
僕は光栄なことに呑み仲間に加えていただき、サシでもよくお付き合いさせていただいた。豪快な酒呑みであり、田中さんと呑むのは心の底より楽しめた。僕がバイクのデザインに対し一家言を醸成できたのは、そんな彼との時間から教わった哲学によるものだ。おかげで、国内バイク4メーカーのデザイナーの会にも入れてもらえるに至ったのだから、心より感謝している。
連絡をくれた友人によれば、デザインの鬼だったとのこと。が、酒の席でデザインの話をしようものなら、酒がまずくなると言い放つそうだ。ということは、僕は田中さんにずいぶんとまずい酒を呑ませたことになる。酒の席で、しつこくしつこくデザインについて教えを乞うたもの。
カワサキだけでなく、全てのバイクメーカーのデザインに影響を与えた彼の功績は大きすぎる。退職して随分経つが、そのDNAは引き継がれてカワサキのバイクデザインは今なお高いレベルを誇る。カワサキ乗りたちはこの訃報を受け止めていただきたい。
ネット内で散見される最後の言葉は「人生に悔いはない」だったそうだ。75歳の男の鮮やかすぎる言葉である。これを言える人生を目指すことを、また一つ僕に教えてくださった。今僕の悔いは、もう一度呑みたかったことだ。最後に呑んだ広島では、田中さんは潰れて寝ちまった。いつも通っている店だそうで、ママさんが「いいのよ、帰りなさい」と言ってくれて託しちまった。これが最後とは師匠に対してなんとひどい話だろう。だからね、夜な夜な献杯を続けるよ田中さん、ありがとうございました。