飲食店では、閉めた店に同業態が入るというのをよく見かける。理屈としては素人でもわかることで、タイトルどおりにそば屋がつい先日開店した。2007年に会社が赤坂からこの街に移転して以来、最も多く通ったそば屋が去年の11月に憎っくきコロナに屈した。で、しばらくもぬけの殻状態だったところに動きが出たのは、8月の終わりくらいだったろうか。少しずつ進む工事は丁寧に感じさせられ、木をふんだんに使っている店内を覗いては期待を膨らませていた。もしや、割烹かななんて感じられるから、価格次第では以前同様に通っちゃうよーなんてワクワクしていた。そして先日、ついに花が飾られて全貌が明らかになった。今日のタイトルなら言うまでもないだろう、そば屋だ。
「よっしゃーっ」と心が躍った。そば屋は周囲にあればあっただけ幸せだと言い切れるほどのそばっ食いだ。が、店頭にあったお品書きに心はブレイクだぜ。せいろ850円? 大好きなつけとろそば (山芋をつけて食う冷たいやつ) が1,200円? きつねそば1,000円でたぬきは記されておらず、海老天&かき揚げそばに至っては1,300円である。うぎゃーっ。
長野に縁ができて、あちらでそばをすする度にそのクオリティに驚かされる。飲食店探しは店のツラを見て決める僕で、これまで長野でダメなそばに当たったことはない。どの店も、こちらでは高級店や老舗レベルのクオリティの店ばかりであり、しかも酒や肴が充実している店が多い。そもそも長野のそば職人が江戸に広めたという説を聞いたことがある。大先輩なのだから仕方なしかもしれないが、教わった江戸職人たちによって天ぷら、寿司、うなぎと並ぶ4大ファストフードに仕上げた伝統と技があると胸を張っていたのだが、どうも最近勝てないなと思いはじめている。それはプライス面も大きく、前述したような価格は長野では見たことがない。そしてどこも量が多くて、東京の高級店で見られるようなバーコードせいろも向こうでは見たことがないのだ。そばっ食いにとってはパラダイスで、民度の高さと相まって僕の老後に住みたい街ランキングナンバーワンは、現在博多を猛追している。
東京の土地代を考えるとこうした店も仕方なしなのかもしれないが、長野からみえた方はきっと驚愕するだろう。浜松町で愛している更科布屋では「店主の独り言」というコラムを載せた小さな読み物がテーブルにおいてある。これで知ったのが、江戸時代のそばの価格は二八の16文だったそうだ。現在の価格にすると約400円とのことで、江戸時代から続くそば屋の店主の独り言には「笑い話ですが当店はおおよそ300年かけて200円の値上げをさせていただきました」とあった。こうした老舗の良心に触れると、長野にひけを取らないぜと少しだけ安心したりする。