ドリフで笑いをとっていたころのことである。
ある日の学級会で、誰ぞが挙手して発言した。
「北村君に、素人コメディアン道場へ出てもらおうと思います」
なんじゃ、その脈略のない意見は?
『ぎんざNOW!』という番組(覚えてます?)に
素人コメディアン道場というコーナーがあった。
5週勝ち抜くとチャンピオンで、お笑い芸人への道が開けるというもの。
予選に勝って出演すればカメラがもらえるということが推薦の理由で、
そのカメラでクラスの想い出を撮ろうという美しい話だ。
だが、こうしたパブリックな場で
俺のお笑いの実力が評価されて、悪い気がしなかったのは言うまでもない。
その後、いくつかの意見が出されて恒例の多数決に…。
決まった。
俺はクラスの期待と想い出づくりを
背負って立つことになったのである。
>manaさん
副編の小笠原です。
コメントありがとうございます。
志村さんですが。それは呼ばれちゃいますね~。
私は昭和49年男ですが、ドリフ見てました。
収録には行ったことがないのでチョーうらやましいです。
アマゾンは74年ですから、昭和40年生まれだと9歳のころですね。
なかにはもう仮面ライダーは見ていなかったという
人もいるかもしれません。
みなさんは何ライダーまで見てましたか?
志村けんの加入は私の小学校生活を一変させました。
苗字が志村だった私は次の日から「けん」としか呼ばれませんでした。
渋谷公会堂よく見に行きましたよ。
仮面ライダーアマゾンの撮影は早稲田南の箱根山でしたので学校帰り
よくロケに出くわしました。